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(No.426)2015年1月23日

市政概要(市のあらまし)

私たち広島市議会議員が議会活動のための基礎資料として持ち歩いている、ポケットタイプの広島市政の概要本があります。ほとんど全ての施策が分かりやすく網羅してあり、長年の積み重ねとはいえ、議会事務局職員の質の高さが誇れる資料です。

この資料の『市のあらまし』という項目の中に、広島の歴史などが短い文章で表現してありますので、紹介します。

まず、「市章」に関してですが、

旧芸州藩の旗印であった「三つ引」(三)にヒントを得て、これに川の流れを表現するカーブをつけて水都広島を象徴したもので、明治29年5月19日に制定された。

と、明治29年には制定されていたものなのです。


また、「広島の歴史」に関しては、現在の市民生活の基礎となっている近代社会からの記述を転載します。

明治22年(1889年)4月1日、全国で最初の市の一つとして市制を施行。以後宇品港の築港(同年11月)、山陽鉄道の開通(明治27年(1894年))などにより中国地方の政治、経済、文教、交通の中心都市として栄えた。

特に、明治27年(1894年)9月15日、大本営が広島城内に置かれ、臨時国会も開会されるなど臨時首都の様相を呈した。

その後も軍関係諸施設が集まり、軍の主要基地として重要な役割を果たし、また、呉線の開通によって呉軍港との結びつきも深まり、軍都としての性格を強く帯びることとなった。

また、大正元年(1912年)11月、広島電気軌道株式会社(現広島電鉄)経営の市内電車が開通し、従来の乗合馬車に代わって市内主要交通機関となった。

以後、第二次世界大戦まで軍都として栄えた広島も、終戦直前の昭和20年8月6日午前8時15分、市の中心部上空約600メートルで炸裂した世界最初の原子爆弾により、一瞬にして焦土と化した。

当時は、75年間(あるいは70年間)不毛の地となると言われたが、昭和24年(1949年)8月6日には、恒久平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的とした我が国最初の特別法である「広島平和記念都市建設法」が公布施行されて、本市の復興は著しく進み、昭和33年(1958年)末、市の人口は戦前の最高(昭和17年12月末419,182人)を突破、さらに39年(1964年)4月には、50万人を超えた。

昭和45年(1970年)4月には、市の都市建設の最高目標を「国際平和文化都市および中枢管理都市」の建設においた広島市基本構想を策定した。また、この基本構想の中では、周辺町村との合併を重点施策の一つに掲げ、周辺19か町村に申し入れ、昭和46年(1971年)安佐郡沼田町を皮切りに、次々と周辺13か町村との合併を果たした。

昭和53年(1978年)4月には、昭和45年の基本構想を改定し、まちづくりの最高目標となる都市像として、「国際平和文化都市」を掲げ、その目標の達成に向けてすべての施策を展開することとした。

また、昭和54年(1979年)4月には、大都市にふさわしい市としての事務事業を能率的に進め、市民福祉の向上を図るとともに、生活環境を整備・充実していくために、地方自治法に定められている「政令指定都市」の実現を国に要望し、同年8月31日閣議決定、9月4日政令公布(第237号)を経て、昭和55年(1980年)4月1日、全国で10番目の政令指定都市へ移行し、中四国の中枢都市としての都市基盤整備の拡充を図るとともに、昭和60年(1985年)3月には佐伯郡五日市町と合併し、人口100万人を超えた。

また、平成元年(1989年)には、市制100周年、広島城築城400年、広島港築港100周年、広島平和記念都市建設法制定40周年という筋目の年に当たり、「’89海と島の博覧会・ひろしま」をはじめとした記念事業を開催し、平成6年(1994年)には、首都以外では初めてとなる「第12回アジア競技大会ひろしま1994」を開催するとともに、被爆50周年に当たる平成7年(1995年)には、「世界平和連帯都市市長会議アジア太平洋地域会議」を開催するなど各種の記念事業を展開した。

また、平成8年(1996年)には、「第51回国民体育大会・ひろしま国体」及び「第32回全国身体障害者スポーツ大会・おりづる大会ひろしま」の開催や原爆ドームの世界遺産への登録が行われるとともに、平成9年(1997年)は、大河ドラマ「毛利元就」博や「グリーンフェスタひろしま’97」の開催などにより、本市の観光客が初めて1,000万人を突破した。

平成10年(1998年)6月には、「国際平和文化都市」を都市像として継承する新たな広島市基本構想を策定した。平成17年(2005年)4月には佐伯郡湯来町と合併し、人口・市域ともに拡大した。

平成18年(2006年)7月には広島平和記念資料館の本館が国の重要文化財に、19年(2007年)2月には平和記念公園が国の名勝に指定された。

平成21年(2009年)3月には、新しい広島市民球場(マツダスタジアム)が完成し、同年10月には、広島市基本構想を改定し、「世界のモデル都市」を目指すことを都市づくりの方向とした。この基本構想を達成するため、第5次広島市基本計画を策定した。

分りやすい文章で、都市の歴史が的確に記述してあります。広島市の近代化に向けての歴史の流れを再確認してください。