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(No.422)2015年1月9日

海徳先生を偲んで

昨年の暮れに『念ずれば花ひらく』という故広島市議会議員海徳先生の遺稿集が刊行されました。縁あって一文を寄稿させていただきました。

広辞苑できゅう(灸)を引くと「漢方医療のひとつ、もぐさを肌の局部にのせて、これに火を点じて焼き、その熱気によって病を治療すること」とあります。

私たちの子供時代は「やいとをすえる」とか「おきゅうをする」という言葉は親が子への躾をするための行為であったり、疳の虫を抑えるための治療法であったと思われます。現在でも漢方のお灸治療は広く行われています。

寄稿した文章の一部です。

海徳先生とは、3か月に一度、3人という少人数で食事をとりながら酒を酌み交わす席を設けていただいていました。振り返ってみれば、仲の良い時も悪い時も淡々として楽しく、禅問答を交わしているような一晩であったと思います。

その中で、記憶に残る言葉があります。それは、元気で、体力的にも、精神的にも、気力に満ち満ちたころの3人の酒席での雑談の中でした。

市議会議長経験者の3人ですから、6月議会をどう乗り切るかの世間話になりました。6月議会は議会人事がありますので、市長からの提出議案に複雑なものがないことを願っていましたが、その時の議案には、議会が複雑に絡み合う旧広島市民球場跡地利用の調査費の予算があったのです。

本来、この予算は9月議会でも支障のないものでした。そこで、6月議会は議会人事もありますので、この案件をどうするか、否決か修正可決かの話になりましたが、議会と市長の信頼関係が壊れる前兆になるのではないかとの懸念から、海徳先生が「この度は『灸(やいと)』ではなく、『灸(きゅう)〈漢方療法〉』にしましょうよ」と。この老獪な発想に舌を巻いた覚えがあります。

「やいと」も「きゅう」も漢字で書けば同じ「灸」ですが、受け取る人の感性では「やいと」と「きゅう」では大きな違いが生じるのではないでしょうか。この言葉遊びができることが、日本人の感性であり、日本語の特異さではないでしょうか。