私の思い まちづくり・経済・交通 総務・人事 議  会 教育・文化
福祉・医療 平和・交流 その他 総合メニュー

(No.403)2014年1月14日

安佐市民病院の建替え(移転の大義)

年末から年始にかけて、市長が掲げる施策に柱となる大義がどこにあるのか、を真剣に考えてみましたが、安佐市民病院の移転・建替えに関しましては、どうしても大義が見当たらないのです。

広辞苑で「大義」と引いてみると、「重要な意義。大切な意味」「人のふみ行うべき重要な道義」とあります。首長として、自己の思う施策を遂行しようとすれば、市民、住民に対して、きちんと納得させるための大義の説明が必要なのではないでしょうか。

市長は何度も「鳥の目」「蟻の目」と言う言葉を発せられましたが、鳥の目で見ても、蟻の目で見ても理解しがたい施策です。片や、長年にわたり蓄積した慣習のもとでの生命と財産の保持の歴史があり、片や、土地利権の匂いしかない施策なのです。

可部のまちづくりと二言目には言われていますが、荒下地区の県営住宅跡地は、地形的にも不便で自然災害も起こりやすい場所であり、太田川と山の法面に囲まれた自然災害警戒地域で、とても大型産業施設や集客施策の立地には向かない場所です。弱者を収容する病院施設や福祉施設を誘致する最良の土地や地域ではないのです。

市民、住民の皆さん、県営住宅が何故撤退したかをもう一度考えてみてください。市長の発想は「鳥の目、蟻の目」ではなく、利権をねらった「鵜の目、鷹の目」の状況ではないでしょうか。

ちなみに「鵜の目鷹の目」を広辞苑で引くと、「鵜が魚を、鷹が小鳥をさがすように、一所懸命に物を捜し出そうとするさま」とあります。首長には公平な目で公正な大義のある施策を望むものです。

ここで昨年12月定例会での議会答弁の矛盾さを説きたいと思います。12月12日の元田議員の一般質問ですが、「踏切を横断してもスムーズなアクセスができるよう可部バイパスの4車線化の促進に取り組みます」と答弁されていますが、このことは荒下であろうが、現在地であろうが、どうしてもやらなければならない事業であり、移転すればやる、移転しなければやらないという道理にはならないはずです。

また、「病院へのアクセスに関しては、高齢者等を中心にバス運行について強い要望があることから、高陽・白木地区についても新たにそれぞれの地区から病院までのバス便を運行させ…」とも答弁されていますが、このことも現在地に対して飯室地域やその他の地域からのバス運行を行うことと同じことです。子供だましのやらせの答弁にしかすぎません。

それから、「跡地利用としては公募による民間主体の活用や公共施設の活用が考えられ…」と答弁されていますか、荒下地区への可部のまちづくりが必要なら、行政が主導して荒下地区の民有地の活用を誘導すればいいことで、何も行政が二重三重の無駄使いをしなくてもすむはずです。

ここにも、何がなんでも民有地である荒下地域への行政投資を誘導するシステムの構築がうかがえます。投資しなくてはならない大義が見つからず、土地利権の様相にしか見えないのです。