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(No.393)2013年12月6日

市長の姿勢

松井市長は、11月30日の自民党広島県連の懇談会の席で自分の心の一旦を赤裸々に発信されました。

先の選挙から3年が過ぎようとしている現在の市長の心の奥に潜む、再選を願う気持ちの一旦が露骨に現れたのだと思いますし、そのことは現時点では自身への自信の無さなのか、反対に自信過剰の現れなのか、理解しにくいのが現状です。

1年半先の試練が気になるのであれば、足許の広島市の歴史や人の流れ、市政運営、あるいは今日までの施策の経緯や成立ちをはじめとする地政学、年間を通じての気候、風土等々の諸課題を認識され、特定情報だけでの判断、決定はされないことを望むものです。

市長は基町高校の卒業後、18歳から広島市長選挙へ立候補する58歳まで、40年もの間、広島市で暮らしてはおられません。

その間、広島市は地方都市から政令指定都市に昇格し、目覚しい発展を遂げたのです。その年月の間、先人たちや広島市民は広島市政発展のため並々ならぬ努力をしてきたのです。

市長は新任して、まだ2年がやっと経過しよとしているだけです。地に足を付けて着実に一歩一歩、歩んでほしいだけです。

何故、地政学も歴史感も人と人の繋がりや信頼関係も、地域環境や人情等々、時間をかけて着実に自分のものとして集積されないのでしょうか。ほんの一握りの自分にとって耳障りの良いお話だけの世界に入り込むのでしょうか。

秋葉市政の施策の見直しもせず、広島市役所の人事・組織の見直しも出来ず、この2年間は秋葉市政の延長に過ぎないのが現実の姿ではないでしょうか。

人事・組織に手が入らないのは行政職員が今日まで継続してきた自分たちの施策、人事を否定する者がいないからであり、否定することは、自分自身をも否定しなくてはならないからです。

市長は単身で、歴史を持つ職員12,000人の中に入り込んでいるのです。自己をしっかり持ち、落ち着いて着実にするべき仕事と任務を果たし、一日も早く自身が信頼できる人を一人でも多くつくり、再構築する施策、切り捨てる施策、継続する施策等々を選別し、広島市行政を再構築・活性化することが必要なのではないでしょうか。

市長の選挙時の広島市政に表現したものは「ゴミ」「ハナ」「ジテンシャ」であったはずです。その成果も見えないのが現状です。この「ゴミ・ハナ・ジテンシャ」の施策が実現できるだけでも住みよい広島市ができるのではないでしょうか。

市民の皆さんも理解していただいているはずですが、市政は市民生活の現場です。東京での中央官僚時代の机上の策ではなく、広島市117万人の生活現場です。極論からしますと、117万通りの生活事例が出来上がるのです。旧労働省時代の机上の手法は生活現場の広島市では通用しないのです。賢い市長ですので、一日も早く公正・公平な生活現場が分かる、利権から程遠い市長になってほしいものです。

中央官庁には毎日の生活の現場から湧き出るような利権はないのですが、地方行政の中には思わぬ所で気付かない間にその構図に組み込まれる仕組みがあります。細心の注意を持ってほしいのです。

もう一つ、今日の職員の声と行政外の市民の声で気になるものがあります。今の市長は感情が先走り理論上も精神上にも全て余裕がなく、期待していたとは真反対の理解し難い姿に変身されたとのことです。

市長就任当時には、「大きな声と激怒は度々あるが、尾を引かないので安心できますし、前市長時代よりは良くなった」との声が多くありましたが、今日は前市長と同じか、現市長に期待するものが大きかっただけに、失望感が大きくなりつつあるのが現実で大変心配です。

松井市長は、広島市職員の「長」だけでなく、広島市のトップです。感情先行ではなく、人にやさしい市長に変身して欲しいのです。

最近よく、「蟻の目」「鳥の目」との言葉を発せられますが、物事の基本は「人の目」であり、人の情であり、市民への暖かさとやさしさではないでしょうか。 市民のための市長に変身してくださることを願うものです。



※追伸(利権?)

最近の市政を冷静に見てみますと、現在は目に見えないが、将来、大きな利権に発展するであろう施策の前渡しが目立つような気がします。全て土地に絡む構造上、施策上の利権です。

見た目はクリーンですが、気が付いた時には大きな怪我になるような巧妙な罠がしかけられているように思われてしかたがないのですが、このことが私だけの杞憂で終わることであれば幸いです。