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(No.384)2013年11月25日

ライオンズアジアフォーラム/書籍から(その1)

11月7日から10日までシンガポールへ行ってきました。ライオンズクラブのアジアフォーラムへの参加です。

本年はシンガポールの開催ですが、昨年は福岡市、その前年は韓国プサン市で開催され、来年はまた韓国のインチョン市で開催されます。日本での開催は7年先の東京オリンピック開催年の11月頃のようですが、このアジアフォーラムが広島市で開催できることを心から願うものです。

慣例からすると、広島ライオンズには知事、鯉城ライオンズには広島市長が名誉会員として在籍されているはずですし、広島市の副市長も名誉会員で籍があるはずです。

大会参加者はどの大会も国外から8000人強の参加があるようです。これだけの参加者が一堂に会する会場が広島市にはないのが心配の種ですし、そのうえ海外からの参加者が約一週間も滞在する施設があるのかなと心配です。

在広ライオンズの皆様と行政、経済界が一体となって誘致活動ができるようシステムを早急に構築されるべきではないでしょうか。在広ライオンズの皆様と引き受け都市としての広島市が連携を密にして、1日も早く誘致活動ができるようにしてほしいものです。

今回は、旅の間に読んだ本に『土光敏夫―信念の言葉(PHP研究所)』がありますのでいくつか紹介します。

まず「自己啓発の環境づくり」という項では、

真の教育とは「自己啓発」がその基礎とならねばならない。

  (略)  

上司には、部下が自己啓発したくなるような環境、部下が自己啓発せざるをえないような環境を作る義務がある。

その環境とは何か。それはけっして、りっぱな教育施設でもなければ、モーレツ特訓でもない。それは、上司と部下が毎日過す職場そのものであり、毎日取り組んでいる仕事そのものである。上司はまず、職場や仕事を自己啓発に適するような形に変えていくのが先決であろう。

「会議は真剣勝負の場」では、

会議は真剣勝負の場である。一対一の立ち合いである。

  (略)

会議が集団利益の取引所であり、十分に根回しのすんだプランを持ち出して、シャンシャンシャンと議決するのは、もう昔の話だ。そんな古い会議のやり方をしていたのでは、何の意味もない。

「真の教育」では

上司が部下に能力を植えつけることはできるのか。

  (略)

彼はチャンスを与えているにすぎない。

そのチャンスを活用するかどうかは、チャンスを与えられた本人の自主性に待つしかない。本人の自主性において、そのチャンスを自家薬籠中のものに化するのである。つまり、真の教育は、「自己啓発」にその基礎をおいているといわねばならぬ。

「いつ新聞を読むか」では、

会社を目前にしている時点では、もう仕事のことで頭をいっぱいにしているべきなのだ。

きょうの仕事の段取りや問題点の整理やトラブルの思案などなど。

新聞なんぞは、家にいるうちに読み終わっていなければならぬ。

会社に到着してから、やおら新聞を読むなどというサラリーマンは、論外である。

等々、国家の存亡がかかった臨調(臨時行政調査会)、土光臨調を成し遂げられた人の信念の言葉であると思います。

「地獄の釜の底からみているぞ」では、

  (略)

「行革というのは君、十年先、二十年先の日本をどうするのかということを考えるためのものだ。俺は五、六年もしたら地獄の釜の底にいるだろう。十年先、二十年先の日本を動かすのは若い君達じゃないのか。俺はその時日本を君達がどう動かしているか地獄の釜の底からみているぞ。君達が考えるのが当たり前ではないか」と答えた。

とあります。

現在の広島市行政の皆さんには、十年先、二十年先の子や孫の世代の広島市が間違いなく安心して安全に安定した生活環境のもとで生活できるよう日々思考され、実践されることを望むものです。

「人事は神に祈る心境で」では

経営者にとって最も大きく重い負担は、人事である。経営者は確かに人事権を持つが、それは独裁権であってはなるまい。それはいわば、神の前に頭を垂れ畏れ謹んで行使すべき権限なのだ。一人の上位者の判断によって、一人の人間の一生を左右することがあってはならない。それゆえ、人事は一人で決めてはならぬ。

とあります。

これから広島市行政も組織と人事の季節になります。万全の心得で、有能な職員が落ちこぼれることなく全ての力を出し切る人事をしてほしいものです。