私の思い まちづくり・経済・交通 総務・人事 議  会 教育・文化
福祉・医療 平和・交流 その他 総合メニュー

(No.361)2013年3月13日

安佐市民病院の建替え(その2)

安佐市民病院の建替えについて、病院事業局が作成した資料を掲げます。「現在地」と「荒下地区」を比較した資料となっていますが、安佐市民病院が何故現在地に建てられたのか、といった視点の説明がありません。

昭和40年代後半の合併の動きに合わせ、周辺5町等の合意のもとで都市施設の中でも市民生活に密着した中心的インフラである総合病院を、都心に向けた交通軸、つまり都市の骨格となる要の地点に建設するという大きな意義がありました。

具体的には、昭和46年12月の任意の合併研究協議会設置後、昭和47年1月に可部町、安古市町、佐東町、高陽町、祗園町で一部事務組合の安佐地区病院組合を設立、同年2月には同組合が病院開設許可書を県知事に申請していますが、その場所は「可部町大字中島(太田川と根の谷川合流点の三角州)」となっています。

同年同月には、広島市と可部町で法定合併協議会を開設し、合併協定書(合併建設計画書)の締結に至り、その合併建設計画書には「総合病院の地区内設置について努力する」と明記されています。

同年3月には、安佐地区病院組合が県知事へ「建設場所を太田川と根の谷川合流点の三角州から広島文教女子大学附属高等学校敷地(現在地)に変更する」と変更申請し、同月中に開設許可がなされています。

これら一連の経緯は、事実上、可部町中島地区に総合病院を置くと周辺町で合意し、その建設場所である「現在地」は合併建設計画書の大きな根幹であったはずです。

この「現在地」に建設された安佐市民病院は、単に周辺からの交通アクセスの観点からの利便性という問題だけではなく、地域住民に安心感を与え、まちづくりの中核を成し、また、周辺市町にも大きく貢献する都市インフラなのです。そういった視点でご覧下さい。

※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。

※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。

※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。

参考までに、道路交通局が作成した「JR可部線の電化延伸について」という資料を掲載します。この資料では、終点駅は「荒下地区」となっており、区画整理事業区域は安佐市民病院の移転候補地と一致し、あたかも区画整理組合が現存しているような、行政にはあるまじき説明資料となっています。

※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。

この区画整理は、平成23年12月の時点で準備委員会の結成届が広島市長あてに出されていますが、官には無関係の民間の区画整理組合設立の準備委員会にしか過ぎないのです。行政は何が原因でこの「荒下地区」への病院建替え事業に固執されるのでしょうか。

※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。