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(No.345)2011年2月18日

『次期市長選について(その2)』

2月10日と12日に私の事務所へ寄せられた投書に対する、私が理解している限りの返事です。まずは、2通の投書を転載します。





広島市を愛してくださっている善良な市民が抱かれる疑問だと思います。指摘されている点について私の思いを述べます。この投書でアンダーラインが引いてある個所への回答です。

まず、

時代が変わろうとしている真っ只中、民間で働いたことのない官僚が落下傘で降りてきて、立候補。これでは旧態依然の自民党政治と同じです。しかも厚労省。
とありますが、確かに彼は民間で働いたことはないと思います。

広島市立牛田小学校、牛田中学校、基町高校を卒業、京大、労働省へ入省のようですので、民間で働いたことがない上級職の国家公務員です。しかし、決して、「落下傘」ではありません。生まれも育ちも広島であり、郷土「広島」を思う気持ちは、決して、私たちに引けはとらないと思っています。

しかも、厚生労働省の序列は三本の指に入るような地位であったと思います。厚労省を退職される時のポストは「中央労働委員会」の事務局長です。その「中労委」の主な仕事は、「労働争議の調整」・「不当労働行為事件の審査」・「労働組合の資格審査」のようです。

また、委員会の構成は「使用者を代表する者」・「労働者を代表する者」・「公益を代表する者」の各15人をもって組織する三者構成の機関です。企業・組合・学識経験者の意見を取りまとめる組織の長です。経営的感覚も労働者の感覚も法律解釈にも優れていないとこなすことができない仕事であったと思います。

一般には、目立たない、なじみのない地味な仕事であるため、今まで人の口に乗らない、噂にならない人物であったように思われますが、広島県・市ゆかりの上級職国家公務員、約500人の中では輝いていた人物のようです。

また、彼の、職責上の地位が上位であるために、就任も退職も手続上「閣議了承」が必要な重要な優秀な人物です。どこかの副市長のように、単純に上司に辞表を提出すれば承認されるような人物とは大きな違いがあります。

ご懸念のような、無責任な天下りではないのです。

「天下り」とは組織的な地位の横滑りで、個人の危険負担なく、地位も名誉も収入も保障されるシステムのはずです。松井さんも、東京で、公務員のまま2〜3年を無難に過ごせば、確実に「天下り」先が用意されていたかもしれません。

しかし、私たち広島市議会議員の若手有志や多くの有識者の推薦と要請で職を辞し、全ての退路を断って、生まれ故郷の広島市の再生・復興を決意されたのです。松井さんの場合、今、多くの人が想像されている「官僚=天下り」の構図とは違うのです。

あらゆる面での危険を背負い、これからの人生のすべてをかけ、郷土「広島」のため、経験したことのない選挙という戦いに挑む人物に「拍手」を送りたいと思います。

また、

経済の発展無くして労働も。福祉もあり得ません。

とのご指摘ですが、先ほど紹介しましたように、経営的感覚も労働者の感覚も持ち合わせていなければならない、部署の責任者でありましたので、その手腕には大いに期待できるものと思っています。

さらに、ご指摘のとおり、12年間の秋葉市政でガタガタになった広島市を元から立て直せる人物であると思います。

この度は経験を積んだ公務員で良いと思う理由は、広島市の全会計の年間予算は約1兆2,000億円であり、総職員数は約1万2,000人です。企業に当てはめると、日本の統計上の位置付けでは、広島市は「大企業」です。

12年間でぼろぼろになった広島市を再生・復活・発展させていくためには、「金」と「人」を使ったことのある人物が必要なのです。若い人がいいとか、企業人がいいとか、個々、思いはあるはずですが、再生なくして発展はないと思います。

経営破たんした「日航」も荒治療の末でないと、再生・復活はできないはずです。
   市民生活第一を考えますと、今の広島市は、闇雲な馬力ではなく、着任してすぐ仕事ができ、しかも着実で迅速な改革ができる経験者が必要だと思います。人間経験則です。経験をしたことのない人には、お金も人も動かせないと思います。

今の広島市は悠長なことを言っている時間はないのです。経験豊かな、やる気のある、退路を断った高級官僚で良いと思います。

さらに、

自民党県連の言いなりにならなくてもいいと思います。

とのことですが、県連とは関係なく保守系広島市議会議員の5期以下で、昨年の夏から多くの有識者に相談しながら、広島市の再生・復活のための人選をしていました。多くの有力者・実力者に広島市長選への立候補の要請を熱くしてきました。そうした若い人たちの熱意に驚き、彼らの馬力に驚嘆されているのです。

一つ事例を掲げます。それは、広島県出身の上級職国家公務員の、いま話題の宮崎県知事、河野俊嗣氏です。

東国原宮崎県知事が平成19年に河野氏を副知事に指名された時には、宮崎県まで河野副知事に面談に行っています。平成17年の宮崎県総務部長以降の活躍ぶりを聞きつけ、議員の皆さんで、人となりや活躍ぶりを確かめに行かれたのです。

若手の議員さんは広島市へとの思いもあったように思います。しかし、宮崎県民も河野知事を離さず、派手な東国原知事の後に着実な手法の行政マンを据えられました。

今の宮崎県は、鳥インフルエンザや新燃岳噴火の予期せぬ自然災害への対応も無事こなされています。広島市議会議員の目の付け所も確かであると思います。この様に、心から広島市を愛し日夜懸命な努力をしているのも事実です。

政界・経済界の要人や多くの有識者との意見交換の結果、選ばれた、実質、公募方式による人選であったように思っていますし、実際に、人となり、考え方、広島への思いを確認した上での人選であり、決して、「県連の言いなり」ではないのです。

最後に、もう一度申し上げますが、天下りでもなく、押しつけでもなく、ご自身の決断で、広島市の行く末を案じるがゆえの英断だと思います。

私には出来ない決断ですので、重ねて「拍手」を送りたいと、素直に思います。
   取りあえず2月10日分の返事をします。後日12日分を発信します。



(※2月23日追加(2月12日分への回答))

前回、ご紹介しました「市長選」に関する投書のうち、2月12日に頂いたものに対して回答いたします。

まず、この度の投書では、湯崎知事のことを述べられていましたが、湯崎知事も、この度の松井さんも中央官僚の出身です。高級官僚という言葉に引っかかっているようですが、日本の高級官僚は世界的にも優秀であり、現在まで日本を支えてきた真面目な公務員です。

一概に官僚はダメという先入観だけはやめていただきたいと思います。問題は、広島市にとって、一番適切で才能のある人物を選択することなのです。

湯崎知事の選挙も、初めのうちは暗中模索の状態でした。全てが東京発から始まり、同窓会や中央官庁の先輩の絶え間ない援護で、保守・革新合同の支援体制が出来上がっていったのだと思います。そして、その原点は、湯崎知事の人柄であり、能力であったと思うのです。

松井さんの場合、夫婦とも牛田小学校・中学、基町高校卒業で、両親は亡くなられたようですが、親戚や友達は沢山いるようですし、おじさんは広島のフラワーフェスティバルの生みの親のような存在であったと聞いています。その上、彼は被爆二世であると聞いています。

小さいころからの英才教育、受験地獄、超難関の国家公務員の一種試験合格、中央官庁の昼夜を問わない激務に耐えるには、知力も体力も超一流でないと務まらないのです。

しかも、リーダーとして残るためには、能力と人柄、そして、たゆまぬ努力があったからであると思います。それは、公務員も民間人も同じだと思います。人物次第なのです。

これまでの広島市の戦後の歴代市長は、木原七郎、濱井信三、渡辺忠雄、山田節男、荒木武、平岡敬、秋葉忠利の7人です。その中で、保守・自民党で選挙を勝ち抜かれたのは渡辺市長だけです。

何故、保守王国広島の市長だけが保守一色で選挙に勝てなかったのかは、戦後の広島市復興と原爆被爆という人類史上経験のない悲惨な歴史を背負っているからです。

日本国民には、「平和」が何より一番という究極的な願望があると思いますが、被爆者や広島市民の心の中の「平和」に対する思いには、それとは別の特別な揺るぎない信念があるのではないでしょうか。

このため、政治的には、保守=強権であり、革新=平和という潜在的なイメージが植え付けられたのではないかと思います。

一方、実社会の生活現場においては、戦後復興期の広島市は、三菱広島の造船・機械・精機をはじめ日本製鋼所等、多くの軍都広島を支えた重工業とそれに付属する産業が主役となり、急速な発展を遂げたのだと思います。このことは、戦前の軍都広島の時代の人・物・技術の蓄積があったからだと思います。

その後、造船から自動車の時代になり、東洋工業、現在のマツダをはじめとする関連企業や近代化に向けた産業が、新たな広島市産業の牽引車になったと思います。

また、現在でも、広島市には世界に通用する産業が数多くありますが、ここでは省略しますが、このような産業・社会構造の中で、確実に市民に根付いたのが労働組合の存在です。

戦後の選挙運動・活動の構図を見ますと、広島だけではなく、日本国中、いつの日か、「労働組合活動」=「平和運動」=「選挙活動」の組織・構図が出来上がってきたように思います。歴代市長の変遷を改めて見ますと、このような分析ができるのではないかと考えます。

しかし、その「平和」も、秋葉市政からは大きく変容してしまったと感じています。それは、「平和運動・活動」=「非核・反核」=「核兵器廃絶」が、余りにもデフォルメされ過ぎているということです。「平和」=「核廃絶」だけになり、いわば、精神的貧困状態の平和運動に陥っているのです。

今回の投書にも

秋葉独裁の12年間は長かったです。その間どれだけの損失を被ったか、はかりしれません。

ということが指摘されていましたが、ここにも、その弊害が現れていると思うのです。

この機会に、広島市も、被爆行政の原点に帰り、昭和24年(浜井市長)に、憲法第95条の規定による特別法として、全国で初めて制定された「広島平和記念都市建設法」に基づく都市づくりに取り組むことはもとより、世界に例のない経験を通して培われた被爆行政や医療、福祉に関するノウハウを、原発事件・事故で苦しむ国や地域に、援助の手をのべる形で提供していく広島市に課せられた大きな使命を果たしていく必要があると思います。

また、国でやる平和行政・施策と地方でやる平和活動とは違うことを認識しなくてはならないと考えますし、地方行政は「広島・長崎」であり「ヒロシマ・ナガサキ」ではないと思います。

さらに、投書には、

若い人が流出ではなく、移住したくなる街へ。

とありましたが、若い人の雇用が確実に確保されることが広島市に活力が生まれるもとであり、そのためにはまず経済・企業の活性化であると思います。今回の市長選は、安心して安全に、豊かに明るく生活ができる広島を創り上げていくチャンスであると思います。

また、もう一つ、本当に理解して欲しいことは、国の議員内閣制のシステムと地方行政のシステムは全く別のシステムであることです。

国では、議会は「立法府」ですが、地方議会は「議決機関」です。原則、議案の提案権は「市長」にしかないのです。アメリカや韓国の大統領制と同じなのです。それほど市長の権限は強力なのです。

広島に来て2年で、地縁も血縁も土地勘も、広島の歴史も文化もよく分からない女性が、秋葉市政の継承者として、革新系無所属で、連合広島(主に自治労)と民主党の推薦で活動されるようですが、エンジンも車体も運転手も全て組合活動の一環だと思います。

そろそろ古いエンジンの車は廃車にして、新しいエコエンジンの車に乗り換える時期だと思います。この度はムードに流されることなく、有権者・市民の皆さんは選挙・投票の重大性を再認識してほしいものです。

さらに、私たち議会のことで申し上げますと、政治主導と言う言葉をよく聞きますが、主には国の政治に対する言葉であり、私たち地方議員は住民の「意」を受けて、行政の指導・監督・監査・助言と予算を伴わない条例の作成と市民の了解が得られない予算の修正が主な仕事です。

真剣に市政運営を考えると、地方議員も名誉職や仕事や家計の片手間では出来ないのです。私たちも全ての面で、日本一の広島市を創りあげたいのです。

その議員と行政の長がそれぞれ切磋琢磨して「可」と「否」を議論する場所が議会です。私たち広島市議会議員の質を信じて欲しいものですし、そのために議員にも4年任期で選挙があるのです。確かな目と耳で判断して、有権者の皆さんが投票行動をされるべきではないでしょうか。

水戸黄門の言葉のように「民より先に憂い、民より後に楽しむ」は時代がどの様に変わっても為政者や議会人にとっては不変の言葉だと思います。

保守系の広島市議会議員全員が一致して広島市をステップアップ・バージョンアップしようとしている現実世界では、松井さんは明日からすぐに使える人物であると確信しています。スタートラインに立ったばっかりの選挙は全く素人の人物ですので、しっかり観察し、人物を評価してください。