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(No.344)2011年2月16日

『次期市長選について(その1)』

『アエラ(1月24日号)』の「現代の肖像」に池口恵観・高野山真言宗伝燈大阿闍梨を藤生明氏が紹介されています。

人の弱さ、心の持ちよう、心と体と頭の一体感の授かり方、「師」に巡り合った喜びと安心感など新鮮な気持ちで読みました。その一部を転記します。


「2カ月間隔でゴーサインを出して新記録達成。またの名、死に神」。鳩山が法相だった時期、死刑執行に署名した鳩山を朝日新聞がそう書いて大問題になったことがあった。実はその時期、決断を迫られた鳩山は精神的に参っていて、支えていたのが「和尚」と慕う池口だったのだ。

池口は高さ1メートルほどの不動明王像を鳩山におくって、祈るよう勧めてもいる。不動明王は、菩薩の教えに耳をかそうともしない極悪人をも、地獄に堕ちぬよう救ってくれる仏様。死刑となった人があの世で救われるように祈りなさい、と池口は言ったそうだ。

「あれから3年、在京時には1日も真言を欠かしていません。だから、『死に神』に余計腹が立ったんです」、そう話す鳩山にとって、池口は一種の精神安定剤だという。

「いてくれると思うと安心な存在ってあるでしょう。政治をしていると、嫌なこと8割、よいこと2割で、並の精神だとまいってしまう。そんなとき、不動真言を唱えると落ち着くんです」

政治も行政も、市民活動も企業経営も、医療も福祉も、生きて行くための全ての活動を真剣に取り組めば取り組むほど精神的にも肉体的にも限界があるのが人間だと思います。

精神的にも肉体的にも緊張の限度が30分となり、後はキレル市長はまさに引き時だったのです。背伸びしての12年間本当によく持ちこたえられました。

しかしながら、限界の中で繰り広げられた施策の展開は決して市民の望む姿ではありません。ここでは具体の記述は省略しますが、少なくとも市民の声や要望を聴く姿勢や、それをもとに施策を構築する際の議論や詳細検討が薄っぺらだったことは否めません。オリンピックの招致が如実に物語っています。

そうした中、次期市長選へ向けての動きが活発化していますが、 私のところへ次のような手紙が届きましたので紹介します。


次期市長選には厚生労働省の松井一實氏が出馬されるようです。

ある方がこの人の「人がら」について、現市長と比べる由もなく格段の評価をされていたのを見ました。上から目線などはなく、気さくで庶民的という好印象を持たれたようです。

「人がら」は組織の中心にある人物にとっては、ある意味、他の能力より大切ではないでしょうか。現市長は独善的というのが専らの評判。自分の考えどおりにならないと他が悪いと決めつけるようです。

私も「議案が通らないのは議会が悪い」という言葉をたびたび聞きました。名古屋市長のように、議会解散の住民投票をしなかったのは不幸中の幸いでしょう。今だったら同じことをやっていたかも知れません。ただ、名古屋市長ほどの人気はないので実現は不可能です。

それと、周りにはいつの間にかイエスマンばかり集める自己中心的とも…。市役所には恐怖政治がはびこっていたらしいのですが、テレビに映るときはいつもニコニコ顔です。これではとても組織的な仕事はできないし、市民も本当の姿を知り得ないのではないですか。

その点、松井氏は組織を大切にする人のようです。上目線ではなく、周りと議論を交わせる「人がら」は民主的な行政が期待できそうです。

もう一つ、「広島」がキーワードではないでしょうか。他都市での行政経験のある人からの仄聞ですが、その都市にはいわゆるよそ者の職員が多く、よそ者の職員は思い切った施策が打てるようです。言ってみれば、都市を実験台に仕立てているわけです。

当然、他ではまだやっていない先駆的な取り組みが多くなります。成功すればいいが、失敗例も多いのです。将来の市民の負担などは関係ない…。これは、どこかの政党と同じではないでしょうか。

松井氏は純粋な広島出身のようです。これまでのことのないよう、郷土を愛し、広島市、広島市民のために動ける人であってほしいと思います。

さらに大切なのは「意欲」です。現市長は一見「意欲」を持って取り組んでいるようにも見えました。しかし、これも仄聞ですが、マニフェストを無理やり実現させようとする姿が映っているだけ。マニフェストを自分の思いのみでつくっているのだから無理もない、とのことでした。

広島をどのようにしたいという目標があって、そのためには何をすべきか、どのような手段が必要なのか、全てを議論してほしいと思います。

松井氏はそうした「広島」づくりの「意欲」が感じられそうです。一個人の発想によるのではなく、組織として広島をどのようにしていこうとするのかという、幅広い意見を聴く「人がら」も感じられそうです。
   こうしたことを念頭に選挙に臨みたいと思います。

選挙への臨み方はいろいろあると思いますが、皆さんはいかが思われますか。