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(No.321)2010年9月13日

『議会改革について』

このところ、大阪府や名古屋市、鹿児島県阿久根市など、多くの自治体で議会と首長が合掌立ちになり行政の停滞を招いているケースが目立つようです。ほとんどの場合、首長が自分の権益確保のために議会機能の削減を図るためにマスコミ受けする施策の提示と瞬間的に市民受けする施策を羅列されているように思われます。

月刊誌「ガバナンス」ぎょうせい発行の8月号の表紙は湯崎英彦広島県知事の写真ですが、広島県知事特集とは別に、「自治体議会改革」が特集されていましたので紹介します。

まず、三谷哲央三重県議会議長のインタビュー記事では、橋下知事の提案の「議会内閣制」に対する明確な否定理由が次のように述べられています。

「議会内閣制では上下関係が生まれ、議員は知事の子分になる。議会の監視・評価機能、さらには議決にも大きな影響をあたえる」と批判した。

本文では、一番判り易い形の問いと回答になっています。
まず、「橋下知事や河村たかし名古屋市長などの議会改革論をどのようにみますか」の問いに対しては、

今流行りの議会論は、二つある。一つは橋下知事の「議会内閣制」。もう一つは河村市長による議員報酬を大幅削減する「ボランティア議会」だ。一方は、執行まで議員が責任を持てという話で、もう一方は、議員はボランティアでいいんだということで全く異なる。両方に共通しているのは議会軽視で、できるだけ長がやることに議会は邪魔するな、ということだ。

とあります。

どこも、権力志向で独善・独裁志向の「長」は同じ傾向にあるのだと感じますが、特に、長期に渡って政権を担当すれば益々酷くなり、政治そのものを住民のためのものではなく、首長個人のものと勘違いする傾向にあります。広島市も同じような傾向にあるのではないでしょうか。

「全国の議長の中には『議会内閣制』を支持する意見もあるとか」の問いには、

与野党関係が議会の中で鮮明で、知事与党としてしっかり知事を支えているような会派がある場合、いっそのこと執行部入りして、自分たちの政策を実現していったほうが手っ取り早いというようなご意見の議長もいた。しかし、それは二元代表制における議会のあり方ではない。自治体では本来、首長与党だ、野党だという関係があってはならない。あってはならないものを正当化していくより、本来あるべき姿に戻していくことのほうが大事だ。

と締めてあります。現在の法体系からして、自治法に則った首長であり、議会でなければならないのです。三谷三重県議会議長の判断がまさに正解であると思います。

「議会基本条例の意義と議会改革の可能性」では、法政大学の廣瀬克哉教授の記述があります。内容を抜粋しますと、

議会基本条例制定議会が全国の自治体議会の1割を超えるのは時間の問題となっている。議会基本条例の制定に伴い、従来にはなかった活発な議会活動を展開する議会も登場する一方で、当たり前の理念を美しく謳っただけの議会基本条例を制定しただけで、その後も十年一日の活動を継続している議会も存在する。議会間の活動実態の落差はかつてなく拡大しつつある。

とありますが、前提として4年ごとに厳しい選挙の洗礼を受けなければならない自治体議員は地域住民の意見や意思と地方自治体に何を求められているかを的確に把握していなければ議員に課せられた一番重要な職務を遂行することはできません。

政治不信や議会不信を拭う手段は「議会基本条例」の制定で終わるのではなく、自治体議員の個々の自覚にあるはずです。来春は統一地方選挙の年です。私たち議員も全ての市民と有権者による四年に一度の厳しい審判が下されます。条例制定で議会の連帯責任にするのではなく、議員個々の資質の向上がまず一番だと思います。

また「自治体議会の政策法務の可能性」と題する新潟県立大学准教授の田口一博先生の文書「自治体議会だからできる政策条例」の中で、

議会では質疑や質問として確認され、「わかった。しっかりやるように」で終わっていたのであろう。しかし、それでは後から条例を見ても、議会の活動は見えてこない。具体的な施策への反映方法について、審議の過程で明らかになったことは、条例の附則に(将来にわたり可視化可能な)項を追加するような修正が必要であろう。

とあります。

つまり、議会での議論が必ず検証できるシステムの構築のための条例修正の提案など、議会に求められているのは、政策を実現するために何が問題でどうすればよいのかを明らかにすることであり、そのうえ、施策が遅滞なく実現できるよう監視・監督する役目や市民目線で調整・提案(条例制定・修正)する役目もあわせもっているのです。

議会人として、特に、市長与党の議員さんは、今の風潮・流行やメディアの煽りではなく、個々の提案事例を鵜呑みすることなく施策の可否やより良い条例にするための修正を提案されたことは近年、皆無だと思われます。議員本来の姿を示して欲しいものです。

「議会の政策法務体制・進め方」では、

議会事務局の使命が庶務から事務に改められた06年地方自治法改正後は呼称を「事務局」としたり、議員個人の調査活動の補佐の充実強化を目指す例も見られるようになってきたが、そもそも自治体議会議員には個人付きの秘書もいない。議員数より多くの事務局員が在籍しているのは東京都議会のみ。
(中略)
多ければ万人単位の部下がいる部局長とはその補佐体制の差は歴然である。
(中略)
かつてのように「条例制定の直接請求のために、どのように条例を書いたらいいかと聞きにいったら断られた」ということがないよう、議員の政策立案の補佐はすべての行政職員の職務であることをルール化するとともに、職員以外の住民も広く関わることが必要であろう。

とあります。

このような事例が公の場で議論され、文書になることが私たち自治体議員にとっては同じ議員でも、議院内閣制のもとでの国会議員と、地方議員の置かれている立場が全く違うことを市民の皆さんに知っていただけるいい機会であると思います。現状の法体系で最大限できる住民サービスを考えなくてはならないと思います。

立命館大学・駒林良則教授の「議会事務局の現在・未来」では、

議会事務局は、議会改革の進展によって議事運営を中心とする議会活動の補佐や議員及び会派に関する庶務的な事務といった従来からの役割に加えて、政策立案に対する支援や住民との連携といった議会改革の課題に対応する役割が重要となってくる。

これまでの事務局職員の意識や関心は専ら議員に向けられてきた。住民を意識することによって、事務局職員には自らが議会ないし議員と住民との架け橋であるとの自覚を持つことが望まれる。

と総論で論じています。

各論の「求められる事務局の脱皮」では、

議会改革を支えるために事務局の充実強化が図られねばならないことは、「今後の基礎自治体及び監査・議会制度のあり方に関する答申」(09年6月)においても取り上げられており、そこでは議会の政策形成機能や監視機能を補佐する体制が重要であることが指摘され、事務局体制の整備・強化を図るべきであるとしている。
(中略)
要するに、地方議会が取り組まざるを得ない改革課題として政策形成機能の充実と開かれた議会のための住民との連携の構築があるものの、これらはともに議会事務局のサポートなしには実現できないものといえよう。

とあり、議会改革の第一歩は議会人個々の自覚と政策立案のための環境確保だと思われます。

「事務局の抱える課題」では、

一般的には、議事運営を中心にした議会運営の全般を補佐する組織であると理解されている。(略)実際の事務局職員の任用についていうと、事務局職員は首長部局の職員として採用された者が通常の人事異動として事務局に配属される(出向)のが一般的である。つまり、事務局職員の人事は執行部局の人事異動の一環であり、その配属は議会事務局を希望したかどうかに関わりないといえる。この限りで議長の人事権は形骸化しているといわざるを得ない。

とあり、議会がおかれている状況の改革から始めなくてはならないのです。

議会と首長の二元代表制が現在での地方自治の姿であるのですが、先にも述べたように大きな前輪と小さな後輪の二輪車なのです。議会人は個々の主張・考えを取りまとめ、数の論理で責任をもって正当性を主張するべきです。

「議会予算の問題」では、

議会予算は議会が自ら編成し執行するのではなく、長の権限となっている。
(中略)
議会改革のために議会予算の増額が要望される場合は、執行部局の予算要求の場合と同様に、事務局長が予算担当部局と予算折衝して長の予算案に盛り込むということになる。言い換えると、議会独自の判断で事務局職員の増員のために予算編成段階での増額を決めることはできない。
(略)
事務局職員は人事異動によって執行部局から配属されるのであるが、そもそも執行部の職員の議会事務局に対するイメージは芳しくない。執行部局への帰属意識は強いものがある。しかし、二元代表制において議会が長とわたりあっていくためには、事務局職員の補佐なくしては成り立たないのであり、(略)

とあり、この部分でも議員は自分の位置を認識しなくてはならないのです。

事務局の将来にわたっての役割は、

議会事務局は、議会改革の進展によって議事運営を中心とする議会活動の補佐や議員及び会派に関する庶務的な事務といった従来からの役割に加えて、政策立案に対する支援や住民との連携といった議会改革の課題に対応する役割が重要となってくるであろう。

しかし、政策立案のための支援や住民との連携に対する支援などは自治法の「議会の事務」が想定していないものといわざるを得ない。こうした役割についての明確な法的根拠が必要と思われる。

とあり、真の議会改革とは、流行の議会基本条例の制定にこだわる事ではなく議員一人ひとりの自覚も問題であると思います。

何故、議会基本条例の制定を望むのか、それは、多くの議員が議員全体への責任転嫁で自己の責任を逃れようとする無責任さのあらわれではないでしょうか。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言葉があります。行動を起こさない議員が、議員全員に連帯責任を転嫁することだと思います。

まずは、議員個々が選挙民に対して自己責任をまっとうすることが先決です。来春には個々の審判が待ち受けています。時の風潮に流されることのないように精一杯努力するべきです。皆さんは、どのように思われますか。