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(No.316)2010年7月6日

『旧広島市民球場について(その2)』

旧市民球場跡地利用策の投書の続きを紹介します。

まず、「旧球場はセントラルパークにはなりえない!」からです。

秋葉市長は旧球場跡地をヒロシマのセントラルパークにすると語ったことがある。善意に解釈すれば、都心公園というくらいの意味合いかもしれない。そこで少し調べてみた。

ニューヨークの市民の憩いの場セントラルパークは南北4キロ、東西0.4キロ、341ヘクタールの人工的に創られた公園である。公園内には人工湖、スケートリンク、スポーツ用芝生、ジョギングコースなどが配置されている。その周りは鬱蒼と繁った樹木で覆われており、多くの動植物がいる自然保護区があるなど、とても五番街と接したところとは思えない自然そのもののエリアで、都会の喧騒から遮断されたニューヨーカーのオアシスである。

東京には有楽町、銀座に近い日比谷公園がある。ここも面積は16.2ヘクタールあり、平日は都心で働くサラリーマンの憩いの場になっている。

旧市民球場はわずか1.2ヘクタールに過ぎない。セントラルパークや日比谷公園と比較すること自体おこがましい限り。しかも整備案では屋台村や飲食、物販を提供する森のパビリオンがかなりの部分を専有しており、とても本格的な都心公園といえるものでない。

次は、「浦上天主堂とオルセー美術館(フランス)」です。

「壊すことは簡単ですが、一度壊せば元に戻りません」。何度でも繰り返す。このことを今一度考えてみるべき時である。

原爆ドームと同様に、長崎の爆心地にあった旧浦上天主堂。原爆投下時、聖母被昇天の大祝日を控え信徒が多数来ていたが、熱線と瓦礫の下敷きになり全員が死亡したという悲劇の地である。

この廃墟を残すため市民運動が起きたが、当時の長崎司教の「同地での再建を」という主張を、当時の長崎市長が「多額の市費まで投じて残さない」と議会の遺構保存の決定を覆したため、結局全面撤去された。この決定には当時東西冷戦の最中にあって「アメリカへの配慮」があったと言われている。

広島の原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)も戦後すぐには保存すべきかどうか、いろいろ議論があったと聞く。結局は原爆投下のままに残され、半世紀を経て、世界文化遺産に登録されている。登録以降、外国からの訪問客は確実に増えている。

一方、旧浦上天主堂は爆心地の惨状をありのままに残すことが出来なかったが、原爆ドームが世界遺産に登録されたことなどから、未だに取り壊されたことを惜しむ声は多い。

パリの観光名所「オルセー美術館」。印象派絵画が多く収蔵されており、日本からの観光客は必ずと言っていいほど訪れる所である。ここは1900年のパリ万国博覧会の開催に合わせて作られたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった。しかし、狭くて不便なことから、その後、いろいろな用途に使われ、一時は取り壊しの話もあった。しかし、1970年代からフランス政府によって保存活用が検討され、19世紀美術を展示する美術館に生まれ変わることになった。

1986年に開館したオルセー美術館の中央ホールは駅の地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用しているほか、内部には鉄道駅であった面影が随所に残っている。

旧浦上天主堂とパリ、オルセー駅の「事実」を、旧市民球場の解体論議を前に皆さんはどう受け止めるであろうか?

最後は、「正面スタンド、内野席を残してこそ後世へのヒロシマの継承」です。

ライトスタンドの一部保存はマヤカシ!である。広島市は当初、スタンド全体を解体する計画でしたが、市民の要望を一応「聞く」形でライト席の一部を残す、と決めた。そして、ここが「球場メモリアル」であると。おかしな話だ。

市長は解体理由のひとつに「劣化」を挙げた。ところが残そうとしている外野席の増築部分が構造上「劣化」が激しいとの指摘もある。まあまあ、一部を残してあげるから良いじゃないか、といった上から目線の発想には空いた口が塞がらない。

旧球場を残すところは正面及び内野スタンド以外にない!それは旧球場の歴史的な存在理由を最も表しているところであり、何より優れて観光価値が高くあるということであるからである。
(中略)
   巨大なコンクリートの構造物を解体することは市長の唱える「環境に特化した街づくり」にも反するのではないだろうか。3R(リデュース、リユース、リサイクル)を声高に唱えるのであれば、旧球場を出来るだけ残し有効活用することがその証になるのではないか。

一世紀を経て、世界的に有名の美術館に生まれ変わったオルセー駅。このことこそ広島市は参考にすべきであろう。

とにかく広場だけではいけない。ただ単なる広場になっても、あの程度の都心公園は何処にでもあるし、イベントで人を呼ぶというが今、出ているアイディア程度であれば、全くの尻すぼみになることは見えている。

戦後の歴史的遺産「広島市民球場」が残ってこそ、この地の観光価値は高まる。広島市民球場の「再利用」「再活性化」があってこそ、あの地で半世紀にわたって復興のシンボルとして「立ち続けた」時間をさらに有意義なものとし、後世に「見える」形で語り継ぐことが出来る、このことだけは「断言」できる。

「壊すことは簡単、しかし壊してしまえば元にはもどらない!」市長、あなたはなぜそんなに急ぐのか! 急いで何処をどうしたいというのか?

来年の市長選を前に旧広島市民球場問題を決着させ、自身を優位な立場に導こうなどという浅はかな考えなしに、この稀有な空間に接してもらうことを切に願うばかりである。

よく調査された「理」にかなった文です。広島市長も広島市議会も市民の皆さんも条例廃止まで、まだ一月以上あります。もう一度、冷静になってよく考え、本当に何が必要なのかを、決断すべきではないでしょうか。

旧市民球場跡地は未来へ手渡す大切な財産ですから、結論が大きく分かれている現状では、もう一度、立ち止まって時間をかけて調査・研究をするべきではないでしょうか。

そのためには、多くの市民の皆さんの力が必要です。もう一度、私たちと一緒に頑張ってみませんか。皆さんの知恵と力を貸してください。