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(No.305)2010年4月13日

『モニュメントの移設』

3月31日の中国新聞・夕刊に「大空へ新たな旅立ち」モニュメント移設の見出しで、きれいな写真とともに解説記事がありました。場所は空鞘橋東詰の市中央公園とありますが、本川の堤防敷きを公園に取り込んだ場所です。

その狭い場所に、両翼18メートル、長さ15メートル、高さ6.5メートルのステンレス製で、1989年開催の「海と島の博覧会」に展示された現代美術のモニュメント「鯤(こん)」が設置されました。作者は広島にも縁のある「栄久庵憲司」氏で作品の新鮮さと斬新さに、当時、圧倒されたことを覚えています。

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ごく近隣の広い中央公園の一画からこの場所に移設されたわけてですが、その理由は、「周辺の樹木が成長し、鑑賞しにくいから」とのことのようです。

しかし、移設された場所は河川敷の公園で狭いうえに、見通しも悪く、空鞘橋の上からだけしか眺められない場所なのです。河川の側しか開けた空間はなく、裏側は広島市が1992年3月に重慶市との友好都市提携5周年の記念事業として建設された中国の古典的庭園「渝華園(ゆかえん)」です。

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もう一度、前掲の写真を見てください。「鯤」の尻尾が5メートルぐらい「渝華園」の中に入り込んでいます。その上「鯤」の右翼が満開の桜の木立ちの中に大きく入り込んでいて、見事な桜木の成長を妨げています。

移設理由の「樹木が成長し」の行政説明とは状況が大きくかけ離れています。樹木を剪定する上での常識として「桜切るばか、梅切らぬばか」と言われています。「鯤」の移設で見事に成長している桜の木を剪定することは絶対してはならないことです。

 

秋葉市長は原爆資料館前の平和大通りにフランスからの寄贈品の「平和の門」を設置された時は、そこに古くからあった樹木を撤去されてまで、芸術を優先されました。それと同じ想いが今回の「鯤」の移転にあったとすれば、はじめから翼が桜木の中に入り込むような場所への移転を許可されることはないはずです。

移転の理由が全く違っているのなら(例えば菓子博のような、大きなイベントを開催するために邪魔になる)芸術作品をどのように理解されているのか甚だ疑問を感じるものです。

 

もう一つ重大なミスがあります。それは、旧来からある「中国庭園・渝華園」のあづまやの屋根のすぐ横に大きく入り込んでいる「鯤」の尻尾です。

古くからの中国伝統文化の中国風屋根のすぐ横にステンレス製の現代美術の粋が並んでいる姿はどことなく違和感を感じるものです。写真をよく見てください。芸術をよく理解されているはずの秋葉市長が犯される「ミス」としては重大すぎるのではないでしょうか。

 

制作者の「栄久庵」氏に対しても大変失礼であり、友好都市重慶市にも大変失礼な気がします。重慶市の好意による四川庭園の佇まいも壊してしまっているのではないでしょうか。ステンレスの現代美と伝統的な庭園美を700万円もの市費を投じて双方を台無しにすることが広島市の芸術・文化行政なのでしょうか。甚だ疑問を感じます。

加えて、もう一つ言わせてもらうなら、中国新聞の記事です。2010年1月22日と3月31日の二回も写真入で記事にされています。二度目の記事には新しく移設した場所での写真を大きく取り上げられています。

設置された場所と周囲の環境と配置をよく見ると記者としては、何かおかしいとは感じられなかったのでしょうか。ただ写真を撮って記事として掲載すればいいとの仕事観なのでしょうか。私見ですが、記者として行政は常に正しいとの感覚の時代はもはや過ぎ去ったのではないでしょうか。行政も新聞も、もっと、もっと文化と芸術を大切にして欲しいものです。

写真をもう一度よく見てください。出来れば現場へも行って見て下さい。