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(No.304)2010年4月7日

『検証・広島市民球場建設の経緯』

広島市議会議員、児玉光禎先生が新しい書籍を出版されました。『検証・広島市民球場建設の経緯』という本です。私のホームページの始めが2002年1月1日ですが、同年2月5日の私の想いでは「貨物ヤード跡地利用構想」を記述しています。以来、広島市への思いを2010年3月30日のbR03まで書き進んできました。これも、市議会議員として、一市民として、広島市を愛するがゆえの務めでもあると確信しています。

新しい市民球場が出来上がるまで、新市民球場に係る思いを記述してきましたが、2007年7月10日の「新市民球場建設に係る官製談合の疑惑・その4」で新球場に関する記述は終わりにしていました。

しかし、3月末に児玉先生が先の本を出版されましたので、私のホームページで想いの全てを述べられている「まえがき」と「あとがき」の部分を紹介します。本は児玉先生らしく、資料に基づいた理論的な書物になっていますが、その基は、平成19年3月に広島市が製作した「広島市新球場設計提案競技記録CD−ROM」からの疑惑から始まります。

興味ある人は児玉先生か、自由民主党新政クラブへ連絡してください。


※ 画像をクリックすると別のウインドウでご覧になれます。

〈まえがき〉

平成21年3月28日新しい広島市民球場の竣工式が挙行されました。同年4月から供用開始され延べ173万人の観客が訪れ、広島地区の経済効果は180億円以上に達しました。その意味からいうと広島市民待望の新球場だったといえるでしょう。

この新球場建設計画は、平成12年10月秋葉市長はじめ局長などの市職員がアメリカ西海岸を経済視察した頃から具体性を帯びてまいりました。そのときに市長はこのたびの球場を設計したといわれるダン・ミース氏という著名な設計士(建築家)に会っておられます。

彼は秋葉市長が語った世界の平和都市の象徴となるような野球場の設計に意欲を燃やし、平成13年の1月から5月のあいだに基本的な提案をまとめたということになっています。

その後、ダン・ミース氏が所属したナデル設計のホームページに完成予想図であるパースが発表されました。広島新球場設計提案競技において当選した作品が、ダン・ミース氏が設計した作品の完成予想図であるパースと全く同じであることがわかりました。

著名な建築家や学識経験者などが名を連ねた検討委員会や選考委員会を作り、それを隠れ蓑にして結局は秋葉市長の思いどおりの作品を、選考委員会(秋葉市長が作ったのに…)が選んだとして、自分は関係ないと言わんばかりの手法で、自分が思っている作品を決定しているということが考えられます。

まことに卑劣なやり方です。そこで今回の新球場に採用された当選作品や、諸々の問題点を明らかにする必要があると考えました。

また、当選作品の延べ床面積は、55,010平方メートルであると広島市の広報紙「市民と市政」やホームページで公表されました。ところが、実際に工事を発注するときの延べ床面積は39,282平方メートルでした。著名な池原義郎委員長をはじめとする選考委員がおられるのに、このような面積の喰い違いは、市民からみると納得できない話です。

そのほか数々の疑問がある新球場の建設経緯を検証してみる必要があると考えてその一部を本書にまとめてみることにしました。資料を提供して下さった皆様に心から感謝いたします。

〈あとがき〉

このたび新球場建設の経緯を検証したところ、数々の問題点が浮き彫りとなってみえてきました。

はじめに誤解がないよう申し上げたいのは、私は新球場建設のすべてを否定しているわけではありません。旧球場は老朽化しており新しく建て替えるべきであったし、またいくら不正な手法で計画されたからといっても、すでにヤード跡地に完成している新球場を壊して再び作り直せとか、旧球場跡地に新たに作り直せと言っているわけではありません。そんな現実的でないことを言うつもりは毛頭ありません。

私が否定しているのは、建設にいたるまでの秋葉市長による恣意的な動きです。秋葉市長にしてみると「市民が喜ぶ、市民にとって良いもの、市民が誇れるような素晴らしいものを作ろう」と思って一生懸命に動かれた結果なのかもしれません。

しかしその思いがいくら熱いものであったとしても、とった手法が、事前に裏で業者や専門家と癒着した関係を築き、その癒着関係者に有利に働くようにいわゆる『出来レースコンペ』をしたり、自分の意図のままにゴリ押し決定を下したりといった恣意的な手法であってはならないのです。

秋葉市長が自分の私財で「秋葉球場」を作るのであれば個人の趣味・嗜好を反映させようが特定業者と仲良くしようが好きにされたらよいのですが、これは市民の貴重な税金を使って「広島市民球場」を作る話です。

それも経済界からは苦しい時に身を削るようにしての援助、さらに新球場を切望する市民からは自分の生活を倹約して貯めたお金、中にはおこづかいを使わずに貯めた貯金箱を小さな手で重そうに『たる』に入れた子どもたち、そうしたみんなの思いを託された「広島市民球場」を作る話です。

このプロジェクトの最高権力者たる者は、常に客観的で公平・公正でなければならないのに、ふたを開けてみれば実際はその反対でした。職権を乱用し、恣意的な動きに満ちていたことが判明しました。しかも表向きにはわからないよう細工を施したり、自分では手を下さない(いざとなれば尻尾を切って逃げられる)ように、まことに狡猾に裏で仕組んでいたことを私は否定しているのです。

事実、裏で秋葉市長と関係を持った業者は最終的にちゃんと選ばれ仕事が流れています。最高権力者たる市長がこのような恣意的な動きをとっていたということは、すなわち、もっと良いプランが出るかもしれない可能性、本当に良い仕事をしようとする者との前向きな検討、それぞれの立場がベストを尽くして良い仕事をしようという姿勢、みんなの夢がつまった球場になるという希望や期待、こういったものすべてを汲み取るつもりは無かった、最初から相手にしていなかった、すなわち市民や支援者の純粋な思いを涼しい顔をして踏みにじっていた、という意味をもちます。

もし仮に、今回の一連の計画とコンペを裏工作なくきちんと公明正大にやったとしても、やっぱり今の新球場と同じ場所に同じ形状のものが出来ていたかもしれません。もしかするとそれ以下だったかもしれません。しかしそれ以上であった可能性も十分にあったということです。

その可能性が少しでもある限り、あくなき追求をしていくのが本来の姿であるにもかかわらず、市長は我田引水、自分と癒着関係者の「陰の意図」でもって腹の中で描いていた筋書きどおりに事を進めていたように見えます。

しかも、それをあたかも公正にやったかのようにカモフラージュするために、さらに多額の税金を投じて専門家(市長が選んだ)に声をかけ、検討させ(たようにして)、「その方たちの決定だから、それに従いました」というポーズをとっているように見えてなりません。

「私は公明正大にやっている!」と秋葉市長がいま叫んだとしても『李下に冠を正さず』です。地位が地位、権力が権力であればこそ、疑わしいと思われるような行動はあえてとらないように努めるべきではなかったでしょうか。

もし仮に、相手からしつこく言い寄られたとしても、常に遠ざけて然るべきではないでしょうか。それが極めて疑わしい事実が次から次へと出てくるとなると、市長がいくら「私は潔白だ」と言ってみても虚しく響くだけです。

一方、別の視点から見ると「市民はこの新球場を喜んでいるのだから、今ここでケチをつけるようなことをして何になる」という意見もあるかもしれません。私も新球場が市民待望の『夢の器』であることは十分に存じています。できればケチをつけるようなことはしたくはありません。

しかしそうは言っても、このたび不正が発覚したのに、それを見なかったことにして闇に葬り去ることはできません。逆に、これは市民待望の『夢の器』なんだと思えば思うほど、それを汚すようなことをした市長に憤りを覚えます。

それからもう一方で「新球場に多くの市民は満足しているのだからいいではないか」という意見があるかもしれません。しかし私は市民が満足しているかどうかの「結果」を問題としているわけではありません。

結果はあくまで結果であり、そこまでにいたる手法がクリーンであったかどうかを問題としています。この観点からすると今回の新球場問題は一例に過ぎず、こうした手法が平気でできてしまう体質というものは、他の様々な事業にも波及することだからです。

「広島市のコンペは出来レースだ」となると、良い案を自ら出してくる人はいなくなり、対等に仕事を果たす業者もやがてはいなくなります。どうせ出来レースだろうと分かっているものに誰が一生懸命になれますか。

選ばれぬ者は嫌気がさし、選ばれる者ですら何をしたって選ばれるとわかっているわけですから本気で取り組みはしないでしょう。そうするうちに広島市は、志ある者たちから見放されてゆき、堕落した“寄生虫”のたまり場となってゆくのです。

今回、新球場についてのみ、的をしぼって言及していますが、これは氷山の一角であろうと推察されます。このような秋葉市長の恣意的な手法が判明した以上、見過ごすことはできません。今や「広島市」という組織のボトルネックと化しているのではないでしょうか。

周囲をダメ体質にしてしまう悪循環を生むことはあっても、好循環が続くことはないように思われます。広島市の仕事に対して一生懸命親身になって働く人がだんだんいなくなることは、広島市にとってマイナスでしかありません。

早急に、正常に仕事が出来る環境を取り戻さなければなりません。そうした意味も込めて今回、新球場建設をめぐる裏工作を解明するべく、検証してみました。

本書を閉じるにあたり、秋葉市長とコトブキの深沢氏とダン・ミース氏による不可解な点の多い広島新球場の建設の経緯について、広島市議会平成21年12月市議会本会議での質問によってかえさせていただきます。

※ダン・ミース氏について、ダニエル・ミース氏とも言われていますので、この質問ではダニエル・ミースと表現しました。



【平成21年12月13日 一般質問】

新球場の建設経緯についてお伺いします。

平成12年10月から平成13年の前半にかけて、秋葉市長が最初に訪問したアメリカ西海岸でダニエル・ミース氏に会われ、その後数回にわたって、ダニエル・ミース氏との面会や打ち合わせをしておられます。

そしてダニエル・ミース氏は秋葉市長の平和の考え方を、最大限尊重して広島ボールパーク、(現広島市民球場)をデザインしておられます。そしてその当時、ダニエル・ミース氏が所属していたナデル設計事務所のホームページに完成予想図であるパースを発表しています。

その後、広島市において新球場建設促進会議や、新球場設計・技術提案競技選考委員会及び広島市新球場設計提案競技選考委員会において、繰り返し何度も新球場の設計について検討や審議が行われました。

そして平成18年10月2日広島市は当選作品を決定し、10月15日の「市民と市政」に新球場というタイトルで大大的に、当選作品の完成予想図を発表しました。同時に広島市のホームページにも新球場の完成予想図であるパースを発表しました。

ところが驚くことに、ナデル設計のホームページの新球場の完成予想図と、広島市が当選作品とした環境デザイン研究所の完成予想図が、全く同じであります。本体はもちろんパースに描かれた打ち上げ花火の色や形や、周辺道路を通行する車の位置・形まで全く同じというのでは、ダニエル・ミース氏が秋葉市長と話し合って、デザイン・スタディーされた作品がそのまま当選作品になっています。

これでは何のためにいろいろな委員会や検討会議をつくり、手間とお金をかけて、当選作品を決定したのか全く意味のないことです。
その点は如何ですか。

次に、当選作品の延床面積が、55,010m2となっているのに、実際に工事を発注するときの、いわゆる入札公告での延床面積は、39,282.54m2となっていました。私は大いに疑問を感じました。

決算特別委員会でそのことを質問しましたら、当選作品を建築基準法に基づき算定した延床面積は、39,907m2と答えられました。とすると、当選作品の検討・審議はでたらめであったことになります。市当局は錯誤であるといいましたが、専門家が時間をかけて検討しているのに錯誤ということはあり得ません。

私が黙っていたらこのような重大な事実が闇に葬られるところでした。広島市も新球場設計提案競技選考委員会にも重大な責任があります。特に委員長である池原義郎氏について秋葉市長は、本年第一回定例会2月19日の私の総括質問に対して次のように述べておられます。

「池原義郎先生の名誉のために一言申し上げたいと思います。池原義郎先生は、建築家として唯一の芸術院会員であります。黒川紀章先生が生きていらしたころは黒川さんもお一人の建築家としての唯一の芸術院会員ということで、これは日本の建築界を公的に代表する立場の方でございます。その池原先生がおっしゃったような疑惑の的にされるということは、大変心外ですし、そういうお方ではございませんので、議員の立場、物の見方というのは御自分の価値判断に基づいて行われるわけだと思いますけれども、価値判断の基準が全く違う高潔な方でありますので、判断基準を改めたうえで、その名誉を重んじるような言動を、広島市議会というところは、ただ単に普通の市の市議会ではなくて、国際平和文化都市として世界にも注目される存在でありますので、こういった言動については、特に慎重さが求められると思いますので、それに意を用いた発言をお願いしたいと思います。」

また、平成18年11月15日、平成17年度決算委員会で佐々木議員の質問に対して、秋葉市長は次のように答弁しています。

「この審査は、池原委員長、彼は芸術院の会員ですけれども、以下、審査員で非常に公正に、しかも公平に判断をしていただきました。その判断には一切疑わしいことはございません。要項に従って応募された沢山の建築家の方、皆さん一生懸命広島のために設計して下さいました。その中から満場一致で最優秀作品が選ばれました。その選考プロセスに当たって、疑っているのは佐々木議員ぐらいなもので、ほかのほとんどの市民は、現在の案について、そういった疑問はもっていないと、私は確信しております。」

これらの市長の発言に呼応するように、当時の担当局長や担当部長は委員会で次のように発言しています。

「当選作品の応募者は、応募要項の定めに基づきまして、設計図書・書類を提出しております。その内容を審査しましたけれども、応募資格・提出物ともに問題はございませんでしたので受理しました。」また、「選考委員会の事務局が要項に沿って、要項に適合していれば受けて、それを委員の審査に付した。」

というものですが、秋葉市長が池原委員長をいくら褒め上げても、選ばれた当選作品の延べ床面積が、55,010m2となっていて、広島市民に広く広報しているが、建築基準法で計算すると39,907m2であることが明確になった以上、その数字を間違っていては、例え芸術院の会員であろうとも、小学生でもわかるイージーミスを犯しています。

さらに応募要項には「建築面積・延べ床面積の算定は建築基準法によります。」つまり建築基準法によって面積の計算をして延べ床面積を記入しなくてはならないのに、建築基準法に基づき計算したものでない延べ床面積を「面積等一覧表」に記入したわけだから公正な審査が行われたことになりません。数字の違いは広島市も先の決算委員会で認めました。秋葉市長の答弁は全く事実と違います。

このような記載は応募要項で固く禁じています。当たり前のことですが嘘の数字を記載したことは、虚偽を記載したことになり、作品に不備があったことになります。そして応募要項に違反したことになりますと、当然応募要項の定めによって失格になることになっていますが、それが満場一致で当選作品というから驚きであります。

これらの委員会つまり新球場設計・技術提案競技選考委員会及び、池原義郎氏が委員長を務めた広島市新球場設計提案競技選考委員会にかかった費用は、合わせて15,360,000円あまりです。これはあまりにもひどい話です。その点、市はどのように考えられますか。

その池原義郎氏が作るNPO法人と今問題となっている球場跡地の折鶴ホールの設計の契約をしたというから、全くあきれた話である。秋葉市長は池原氏とよほど結びつきが深いのかなと思いますが、広島市民にとって到底納得のいく話ではないと思います。

本書を出版するに際し、ご支援ご協力をいただきました関係者の皆様に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

平成22年 春
児 玉 光 禎

少し長くなりましたが、皆さんどのように感じられましたか。