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(No.289)2009年12月25日

『オリンピック招致について(その9)』

文庫本の日経プレミアムシリーズ『紛争の世界地図(宮田律著)』に、「なぜ、地球上に争いがたえないのか?」というタイトルで冬季オリンピックに関する記事がありました。来年(2010年)は、カナダのバンクーバーで冬季オリンピックが開催され、4年後はロシアのソチで開催されますが、そのソチで開催されるようになった経緯が記載されています。


国際間の緊張を高めるロシアのナショナリズム」の中で、「ロシアのプーチン大統領は、2006年にグアテマラで開催された国際オリンピック委員会の席上、2014年の冬季オリンピックにロシアのソチが選ばれるように訴えた。

プーチンはロシア政府がオリンピックの開催費用、選手の交通・宿泊など出来る限りの面において支援を行う用意があるとアピールした。結果、ソチが選ばれた背景にはロシアの経済成長や国際社会における発言力の高まりなどがあろう。

実に分かりやすい説明ですが、このように冬季開催のオリンピックでさえ国を挙げての意思表示があるのです。ましてやオリンピックのメインである夏季大会の開催が一地方都市で開催出来るのか、財政面をはじめ、運営面、安全性、その他諸々の心配事など全ての面において簡単に解決出来る問題ではありません。はなはだ疑問です。

今、広島市民が心から欲しているものは安心・安全で豊かに暮らせる生活環境の構築だと思います。

中国新聞12月22日の夕刊には「五輪招致赤字負担JOCに都が要請」との記事がありました。


2016年夏季五輪招致に失敗した東京都が、招致活動費で最大一億円以上の赤字が出る可能性があるとして、日本オリンピック委員会(JOC)に数千万円の負担を要請していることが22日、分かった。

都によると、JOCに要請した負担は、特定非営利活動法人(NPO法人)の招致委員会に派遣されたJOC職員らの人件費や、国際オリンピック委員会(IOC)委員への働き掛けなどで使った物品費など。JOCに負担を要請した理由について都幹部は「赤字になった場合、全額公費で穴埋めするのは都議会の理解を得られにくい」としている。

これは、行政(市長)だけの思いを他都市や世間に押し付けていることについて、その責任を問われる時期が早くなっているのではと思われます。オリンピック開催が広島市で出来ることは本当に嬉しいことですが、2020年の開催でなければならないとする行政の姿勢にはどうしても疑問がぬぐえないのです。

オリンピック開催は夢です。「夢」と言う字に人偏をつけると「儚」と言う文字になります。夢が実現するのも、儚(はかな)く終わるのも人しだいです。為政者は私たちの重要な意思の伝達方法である漢字がつくられた意味を十分理解し、人しだいで「夢」がユメでなくなり、単なる権威、権力の誇示でしかなくなる、ということを思い知るべきです。

同じ日の、中国新聞の朝刊の「中国新聞読者と報道委員会」の記事中「最近の紙面から」でフリーアナウンサーの中司弘子氏のコメントが掲載されています。


広島市の2020年夏季五輪誘致の検討は、唐突に出てきた印象がある。この時期になぜ、が一番の疑問。広島が世界に発信できる意義は分かるが、複数都市開催が認められるのかなどの大きな課題が分かったうえで名乗りを上げた。その背景に何があるのかを知りたい。このニュースに注目していく。

多くの人が不思議に感じていることです。世界に向けた自分だけの自己PR手段ではなく、皆に分かる説明が必要なのではないでしょうか。

現代政治の表現の方法かもしれませんが、良いとか、悪いとか、好きとか、嫌いとかは別として、鳩山流があり、秋葉流があり、宇宙人のような虚勢人が今の世情に受け入れやすい人間像なのでしょうか。世間には、メリハリのある小沢流の方が分かりやすく理解しやすいと言う人もいます。

いずれにしても、政治も行政も市民から性善説にのっとり信頼の上にたち全権を負託されているのです。無駄になる確率が高い施策は貴重な市民の税金を無駄にすることです。市民と対話しながら確率の高い施策を示して欲しいものです。

市民に分かりやすい市政の展開を希望するものです。

(※追伸(秋葉流の政治劇場))

『電通報(09年12月14日)』に「2009年の軌跡」というタイトルで、熱戦WBCや世界陸上など、国内外でのスポーツイベントが紹介されています。


3月には、16の国と地域が参加して野球の世界一を競った「09WORLD BASEBALL CLASSIC(WBC)」。決勝トーナメントに進んだ日本代表は連覇を果たし、大いに盛り上がった。国内のトップランナーと市民ランナー計3万5千人が東京都心を駆け巡った「東京マラソン2009」も3月に開かれた。

4月には、横浜市で「H・I・S2009年世界卓球選手権横浜大会」が開幕。世界145カ国・地域から約500人の選手が出場。7〜8月には第13回「FINA世界水泳選手権大会ローマ2009」がイタリア・ローマで開かれ、約180カ国・地域から参集した選手が連日熱戦を繰り広げた。

8月には「IAAF世界陸上競技選手権」が開かれ、202カ国・地域の約2100人の選手が出場。また、同月には日本フットサルリーグ(Fリーグ)3年目のシーズンが東京で開幕した。

11月には、サッカーのクラブチーム王者を決める「AFCチャンピョンズリーグ2009」の決勝が東京で行われた。12月には、サッカーのクラブチーム世界一を決める「TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップUAE2009」がアラブ首長国連邦(UAE)で開幕している。

また、国際ラグビーボードは7月、2019年のラグビーワールドカップの開催地を日本に決定。日本サッカー協会は10月、「2018・2022年FIFAワールドカップ日本招致委員会」を設立した。

東京都が立候補していた2016年の夏季オリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市は、10月の国際オリンピック委員会総会でリオデジャネイロ(ブラジル)に決まった。

今年だけでも、このように多くのスポーツイベントがあるのです。そうした中、秋葉市長は、世界最大のスポーツの祭典である「2020年オリンピック」を、突然、広島・長崎市で共同開催する意思があることを表明されました。夢か現(うつつ)かの判断がつかない状態にあるのが今の広島市の姿ではないでしょうか。

秋葉市長は先の市長選の公約の中に「パラリンピック招致」も表明されています。しかしながら、最近はパラリンピックの「パ」の字も発言されません。次の市長選挙まであと一年半ですが、そろそろ次の選挙に向けた準備を始められたのですか。公約のパラリンピック開催はオリンピック招致が出来なければ、開催出来ないシステムになっています。

市長の選挙公約にはない「オリンピック開催」を突然メディアに発表され、世間を騒がせました。市長が何故このような行動に出たかの本心は、本人でないので分かりませんが、推測するに、パラリンピック開催の選挙公約落としであろうと思います。

「私は、パラリンピックを開催するために、最大の努力をしましたが国際オリンピク委員会(IOC)が複数都市での開催を認めなかったので、オリンピックもパラリンピックも広島で開催出来なくなりました。私、秋葉は選挙公約を誠実に実行しようと努力しましたが、核兵器廃絶へのアピールのためのオリンピック開催を提唱した私の努力をIOCが認めてくれませんでした」との思いではないでしょうか。

もう一つ、「ノーベル平和賞博物館設置」の選挙公約もあります。ノーベル博物館はストックホルムに確かにありますが、平和賞博物館は何処にあるのでしょうか。何処から誘致しようとするのでしょうか、はなはだ、疑問を感じます。

察するところ、被爆地であるヒロシマから核兵器廃絶行動を起こすことが平和賞の対象になるのでは、との思いが高じたのではないかと推察されます。ヒロシマからの平和の希求と核兵器廃絶のメッセージは全世界に恒常的に発信しています。

秋葉市長はもうそろそろ、平和賞の順番がヒロシマに回ってくると勘違いをされたのではないでしょうか。ノーベル賞受賞の要件としては、行動だけでなく、書物やレポートが必要です。そのために前回の選挙前に急きょ2冊もの書物を出版されたのではないでしょうか。受賞のために、こつこつと努力を積み重ねてきたので、この4年の内にはとの強い思いがあったのではないでしょうか。

自分で頂いた平和賞をもとに平和賞博物館開設をとの思いが強くあったのではないかと思います。核兵器廃絶を唱えた平和賞がオバマ大統領に決まり、平和賞博物館設置の構想は霧散してしまったのではないでしょうか。ここにも、選挙公約の未達成があるのではと思われます。

昭和17年生まれの秋葉市長は、体力的にも精神的にも若くはないのです。一休みしながら、着実な市政の運営をして欲しいものです。

年の瀬ですので、けじめをつけるべきことがあります。それは、12月25日の昼過ぎの届いた時事通信社からの配信『広島、長崎に「共催不可」を伝える=JOC』です。


広島、長崎の両市が共催による2020年夏季五輪の招致を検討している件で、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は25日、東京都渋谷区の岸記念体育館を訪れた両市の市長と会談し、「一都市開催」の原則を定めた五輪憲章に従い、共催は受け入れられないと伝えた。

竹田会長は今月上旬に国際オリンピック委員会(IOC)幹部、五輪統括部長らと会い、20年五輪開催に際して「一都市開催」の原則を変える意志がないことなどを確認したという。

五輪開催の選択支はなくなったのです。しかし、これからが秋葉流の実演の始まりです。それは、「パラリンピクの分割開催」の要望ではないでしょうか。秋葉流の政治劇場の行方を見守りたいと思います。