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(No.275)2009年11月10日

『オリンピック招致について(その2)』

財政が逼迫しているのは広島県も同じで、平成21年度当初予算で初めて県債残高が2兆円(一般会計)を突破しています。平成6年の「広島アジア競技大会」や平成8年の「ひろしま国体」の施設整備に要した借金の返済も含め財政的にも余裕がないのが現実です。

平成10年に冬季五輪を開いた長野市は10年以上経った今も、施設整備の借金や維持・改修費の負担に苦しんでいます。主要6施設の年間赤字額は8億円にも上り、市の財政を圧迫しています。招致や大会運営だけでなく、開催後も莫大な財政負担がのしかかってくる、これが「平和の祭典」の現実なのです。

広島・長崎両市長は、五輪の現実を知らなすぎます。思いつきの発想にみえます。16日間の開催で兆単位の出費がかかるのであれば、五輪以外にやるべき行政課題は他にも沢山あるはずです。本来なら費用負担などの問題を住民に公開した上で招致の是非を問うのが筋だと思います。

仮に、本気でオリンピックの開催を願うのであれば、長崎市や福岡市・北九州市だけでなく、まず、はじめに広島県の多くの都市と話し合いをして理解を求め、その上で中国地方の多くの都市の理解を求めることから始めるのが、中国地方のリーダー都市であり、州都を目指す広島市の取るべき手順ではないでしょうか。

アエラの09・10・19号に、「招致費は150億円以外にも数十億円あった『隠れ支出』」の記事がありました。


東京五輪の招致費用は総額150億円。東京都はこう説明してきた。低コストを目指したはずだった。しかし、知事の肝いり、とあれば、従順な都庁職員はあれやこれやと金を使う。「隠れ支出」の闇は深い。

勝てる見込みがほとんどないことは知事も早い段階で理解していた。肝心の日本オリンピック委員会(JOC)がIOC委員に人脈を持っていないのだから、どうにもならない。名古屋と大阪が過去落選した経験があまりに生かされていない。国際交渉素人の都職員が駆け回ったが、結果は散々だった。

さんざん御託を並べて立候補した知事にしてみれば、敗色濃厚を悟ったからといって、途中で手を下げられるはずもない。「絶えず格好を気にする男」であれば、なおさらだ。ここ数年、彼の頭は自分の引退論、花道論でいっぱいだ。知事は五輪招致に敗れると同時に辞めるストーリーを描いていた、と心中を推し量る。

「隠れ支出」のことについては、日本共産党都議団の調べによれば、150億円は都の東京オリンピック・パラリンピック招致本部の支出額に過ぎず、それ以外の一般部局も多額を支出しているというのだ。

昨年度の生活文化局の予算に年間イベント運営委託事業費として2億円が計上された。これがTOKYO体操の開発・普及をはじめ、五輪関係の事業に使われた。今年度予算にもTOKYO体操用に1063万円が計上され、今年3月にあったレインボーブリッジでのウォーキング大会にも8000万円が費やされた。商店街振興予算をつかって五輪招致の小旗をつくったケースもある。今年3月に都庁前であった人口雪を降らせるイベントには、7000万円が費やされていると言われている。都の各部局への聞き取りから「隠れ支出」の総額を、「おそらく数十億円になる」と推計されている。

こうした状況から推察すると、本気でオリンピックを招致しようとするのであれば、行政も議会も広島経済界も広島市民も全員が心を一つにして取り組まなければ、成功はない地球上で最大のイベントです。為政者の単なる思い付きではなく時間をかけて一つずつ問題を解決していくべきものなのです。

アエラの記事にはこんなことも書かれていました。

笑顔で握手だけでは一票にもならない。コペンハーゲンのオペラハウスで開かれたパーティーは「五輪貴族」の晩餐会にふさわしい光景だった。現在106人いるIOC委員に、都市選びに明確な基準があるわけではない。投票は無記名の電子投票。99年以降、IOC委員の立候補都市訪問は禁止。招致する都市側が委員を訪ねるのも違反になった。

しかし、現実は違う。リオ招致委のヌズマン会長は「私はこの4ヶ月間、ほとんど家を空けていた」「友人であるIOC委員を訪ねるという建前で世界中を巡っていた」とあかした。友人であれば違反にはならない。

東京招致委の幹部も直前まで中南米、中東、アフリカなどに出かけた。2国間のスポーツ交流に伴う資金援助を申し出たこともあった。「笑顔で握手しているだけでは一票にもならない」(招致委幹部)のが現実だ。

これが現実だとすれば、人や資金の確保、施設や膨大な土地の手当てなど真剣に検討した上で発表すべきことではないでしょうか。

私たちは子供の頃からオリンピックは「平和の祭典」と教わってきました。記憶にあることは、モスクワ五輪が社会情勢不安定で開催不能になったことで、大変悲しく、残念であったことを鮮明に覚えています。オリンピックは平和な世界でないと開催できないのです。

2020年は平和市長会議が核兵器廃絶の目標年でありますが、「核なき世界」を掲げるオバマ大統領が登場し、核廃絶への世界的な関心が高まったこともあり、その上、オバマ大統領が09年のノーベル平和賞を受賞されました。

下衆の勘ぐりですが、広島市民の間で市長はノーベル平和賞を受賞するのが「夢」で、毎年、海外主張が6〜7回にものぼり、その目的も毎回「核兵器廃絶」です。私たち被爆者は核兵器のない平和な世界の実現が夢であり、心からの切なる希望です。しかし、年齢を重ねた被爆者の望みはきめ細かい被爆者援護なのです。

今、巷で言われていることはノーベル平和賞をオバマ大統領に持っていかれたので「2020年の核兵器廃絶」だけでは一地方都市の主張に終わってしまい、核兵器廃絶の主役スターから一夜にして脇役のスターになり、もう一度スターに返り咲く手段として「核とオリンピック」を結びつけられたのではないのかとの噂です。

再び、アエラの記事です。

夢に向けた道筋は描けていない。経費や会場など具体策について「これからの検討課題」と繰り返したかと思えば、「オバマ大統領の小口献金を募れないか」「両市は新幹線が出来れば2時間かからない」などといった「案」を披露。

長崎市長は「実は長崎国体の開会式も長崎市でできない状況で」とインフラの未整備ぶりをまじめに語った。市内には交通アクセスなどの条件を満たす施設がないため、5年後の長崎国体のメーン会場は、諫早市の県立総合運動公園を使うことが決まっている。

五輪が商業主義の場にもなっていることを理由に懐疑的な意見も目立つ。不快感を露わにする被爆者もいた。門前払いの可能性もある。五輪憲章は「一国一都市」での開催申請を規定している。

長崎市議会で、「国際オリンピック委員会(IOC)に内々に問い合わせ、一定の感触を得てから表明するのが普通で、可能性を今から探るのは幼稚すぎる」との批判を浴びた。「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の川口共同議長が長崎市を視察した際、この日流れたニュースを印刷した紙が握られていた。内容は「IOCの五輪統括部長が複数都市共催に『現時点ではノー』だった」

核兵器廃絶からオリンピックへのシフト変更ですが、いったいこの市長は、広島市をどの様な都市にしたいのでしょうか。皆さん、理解できますか。