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(266)2009年3月3日

『市幹部職員の姿勢について』

広島市の行政が歪んできていることについては、度々、取り上げてきましたが、そのことが顕著に示されているものを入手しましたので、紹介させていただきます。

それは、我が会派の児玉議員のところに寄せられたもので、同議員はそれを見られて、腐敗しきっている市役所幹部の姿勢を憂慮され、その有様を白日の下に明らかにする必要があるとの認識を持たれ、議員各位に配布されるとともに、同議員の了承の下、この度、ホームページにも掲載させていただくことになったものです。
   まずは、ご覧ください。


資料1

資料2

資料3

皆さんは、どのようにお感じになられたでしょうか。
   私は、市民の生命と財産を守るべき行政の責任者の言葉としては、あまりにも非常識、不見識ではないかと思いますし、こうした言葉が、無意識のうちに出てしまうこと自体、一種の驕りすら感じてしまうのです。また、それが、今の広島市の偽らざる実態なのかもしれません。


(※3月4日追加1(予算特別委員会の空転について))

新年度当初予算案をはじめとする新年度関連議案を審査する予算特別委員会の3月2日の開催ができなかったことは、マスコミ等を通じて、既に皆さんもご承知のことと思います。

3月2日の当日の夕方、放送されましたHOMEテレビのJステーションでは、そのことを次のように伝えられていました

(女性アナウンサー)
   今日予定されていた広島市議会の予算特別委員会が実施されませんでした。理由は、秋葉市長が先週金曜日になって、突然、予算特別委員会が行われる12日間のうち2日間ほど、特別支援学校の卒業式に出るため、委員会を欠席したいと申し出たためです。
   議会側は議会軽視だと反発。予算特別委員会が丸1日ストップしました。学校によりますと、もともと秋葉市長が出席する予定はなかったということです。

この予算特別委員会は、新年度関連議案という、市民生活に直接影響のある重要事項を審査することから、広島市では、これまで、議長を除く全議員をメンバーとするとともに、説明員として市長も出席することとされていたわけです。

しかも、その審査日程については、1月の議会運営委員会において、日程案が決定され、その後、関連する各種会議において、周知・確認がなされてきた中で、今回、市長の唐突な申入れがあったわけですから、混乱させた市長はもちろんのこと、そうした市長の「暴走」を止めることのできなかった副市長をはじめとする幹部職員にもその責任の一端があるのではないでしょうか。

さらに、今回の市長の行動には、確信犯的な要素もあるのではないかと思うのです。それは、以前、このホームページでも紹介しました市長日記((No.201)2007年1月15日『市長の市民に対する姿勢』に掲載)に端的に現れています。

そこでは、「広島市の市長が予特(予算特別委員会)でこれほど多くの時間拘束(68時間の拘束)され続けている現状は、改善されるべき事柄です」と述べられ、その間、その他の仕事は全くできず非常に大きな負担となっていることから、その出席を見直すよう求められているからです。

しかし、果たして、予算特別委員会への出席は意味のないことなのでしょうか。秋葉市長は「『市民のための広島市政』の実現」を目指しています。そのために、市民の意見を大切にされていますが、議会はその市民の代表なのではないでしょうか。

本当に、「『市民のための広島市政』の実現」を目指すのであれば、議員の思いをしっかり受け止め、それを丁寧に市政に反映することを考えなければならないのではないでしょうか。そうした機会は、全議員が構成員となる予算特別委員会しかないと思うのです。

さらに、幹部職員の資質、適性を測る場でもあると思うのです。人事は市長の大きな仕事の一つだと思いますが、それは、人材を育てるとともに、その人材を適正に配置することにあると思うのです。そして、そのことによって、市政発展につながるわけですが、そのための幹部職員の力量を見定める場でもあるのではないでしょうか。

市長が予算特別委員会に出席する意義は、新年度関連議案という市民生活に直接影響のある重要事項に関して、自らの考えを、議会、市民に対して、明確にするだけでなく、そうした側面もあると思うのですが、皆さんは、どのように思われるでしょうか。

なお、冒頭紹介しましたJステーションの内容は、音声データを基に作成したものですが、このことによって、関係者の方に不当な措置等が行われてはならないことを申し添えておきます。


(※3月5日追加2(予特空転に係る市長発言について))

「みなさんも自立しないと」…これは、3月3日の予特で我が会派の谷口議員が、予特欠席騒動について問い質した際に、市長が発した言葉です。谷口議員は、自身のブログで述べられているとおり、「再び紛糾してはいけないのでその場で問題にはしなかった」ということですが、議会、いや市民を馬鹿にしたこの態度は決して許されるものではありません。

馬鹿にしているだけでなく、意味不明なこの言葉ですが、そもそも「自立」というのは広辞苑によると「他の援助や支援を受けず自分の力で身を立てる。ひとりだち。」とあります。この言葉を議会に対して言ったとすれば、いったい何を期待した言葉なのでしょうか。

これまで幾度も申し上げていますが、議会の主な役割は、提案された予算や議案を審議・決定することです。市民の代表が提案者の考えや施策の内容を様々な観点から問い質し、施策として相応しいものかどうか、予算として妥当な額か、最終的には多数決で市としての意思決定に導くわけです。

こういうことからすると、「自立」という言葉がどこに当てはまるのか分かりません。市長がいないから議会側の判断がつかないという意味で使われたのであれば、見当違いであり、この言葉はむしろ理事者側に使うべきです。つまり、市長がいないから理事者側の考えが正しく述べられない、という場合の「自立しないと」ということではないでしょうか。

新年度予算というのは、何か新しい方向性が示されるときです。特に、秋葉市長のように度々独善的な提案をされるのであれば、その真意を議会の場で直接説明してもらわないと、正しい判断はできません。普段から説明責任を果たしているのであれば未だしも、それを回避している現状では、提案の場で直接、市長から聴いて議論するしかありません。

議会を皮肉るための突発的な言葉だったのかもしれませんが、感情だけで言葉を発すると、議案審議の貴重な場が、議会(市民)憎しの対立の場になってしまいます。これは、当然市民が望んでいない姿だと思いますが、いかがでしょうか。


(※3月6日追加3(予特空転に係る朝日新聞の記事について))

3月4日の朝日新聞に、3日に行われた広島市議会予算特別委員会(文教関係)における秋葉市長の発言の一部が取り上げられていました。これは、特別委員会での審査冒頭部分での谷口委員と市長のやりとりの一部で、加戸靖史という記者の名前入りの記事です。まずはご紹介します。

朝日新聞記事

日本のマスコミ界を代表する朝日新聞の記者が、広島市議会における予算特別委員会の運営方法や、なぜこのような形式での運営方式になっているのかといった根幹の知識もなく、ただ単に読者受けする見出し付けだけでの記事を書かれるのか、理解できません。さらに、そのことで、本来のルールに従って行っている議会に対して、市民の誤解を招来しかねないことに危ぐを抱くのです。

昔から言われていることに、「新聞記者は記者の独断と偏見で記事を書く」「読者に面白く読んでもらえば、記事の役目は終わる」ということがあります。しかし、そのようなことは、大新聞の記者や地域のオピニオンリーダーを任じる記者が名前入りで書く記事ではないと思います。まず、そのことを申し上げておきたいと思います。

さて、今回の記事に関してですが、見出しの「みなさんも自立しないと」(この言葉については、既に前回までに取り上げ、内容が重複しますが、)は、記事の中にありますように、「他の政令指定都市に比べ、広島市長が予算特別委に出席する時間は約10倍の70時間。市長に(委員会に)いてほしい気持ちはわかるが、みなさんも自立しないといけない」というところから引用されたものですが、何が自立なのでしょうか。

市長のいつもの内容のない答弁であり、何をどう表現したいか分からない、ただ単なるその場限りの言葉の遊びでしかありません。

また、「議会に苦言」とありますが、何が苦言なのか、市長の言い逃れだけの目新しい言葉に飛びつくことに理解できないものがあります。

さらに、「他の政令指定都市に比べ、約10倍の拘束」に関して言えば、ただそれだけを比較するのではなく、予算編成作業全体がどのようになっているのかを明らかにしないと論じることはできないのではないでしょうか。

たとえば、広島県の予算編成作業は前年の11月頃から始まりますが、それは、県議会各派との予算編成作業に対する打合せから始まり、12月、1月と政策調整もなされるわけです。そして、そうしたこともあって、予算特別委員会も議員定数の4分の1程度の人数で構成されるはずです。つまり、知事部局と議会各派との入念な政策の打合せ、合意形成がある程度あるからです。

一方、広島市の場合、現市長の誕生時から、行政職員に対して、市長は議会との打合せの禁止を指示したはずです。極端な言い方をしますと、市長の独断と偏見だけでの政策が、ある日突然、議会側に提示されるのです。それを受け、議会はその施策の可否、修正を広島市民の側に立って、決しなければならないわけですから、何が起こっても、何がどのように提案されても、機敏に対応している議員各位の日ごろからの研さんには改めて敬意を払いたいと思います。

また、今回の記事には、秋葉市長が07年1月の市広報紙に掲載されたコラムの一部として、「『8月6日前後の行事や平和関連の仕事が他都市に比べて多い広島市長が(特別委出席のため)長時間拘束され続けている現状は、改善されるべきだ』と疑念を呈していた。」ということも紹介されています。

しかし、皆さんよくよく考えてみてください。毎年8月6日はあるのです。広島市長は現在の秋葉市長が初代ではないのです。広島市民も広島市行政も広島市議会も、すべての「ヒロシマ」にとって、8月6日という日は特別な日なのです。平和に関する行事が多いのは歴代市長も同じです。

ということは、秋葉市長は、今日までの広島市長と私は全く違う、あたかも格上の市長とでも感じているのでしょうか。これでは全く独裁者の発想ではないかと思われます。世に言う政権末期の政治家が抱く、一種の幻想と錯覚をもたれているのではないかと市長の言動を疑ってしまうものです。

8月6日と平和行政は広島市政の根幹であることには異論はありませんし、それを、個別年度の当初予算案の審査を通じて広島市政の方向を議論する予算特別委員会の審査と同次元で議論すること自体、時期的にも、政策の方向性からも大きな問題があるのではないでしょうか。

そこには、単なる市長の独善的なわがままで、個人感情優先の言動としか捉えることはできないと思うのです。

そうした市長の政治姿勢を根本から変えていただきたいと思いますし、マスコミ各社におかれても、汗をかいて、自分自身の目と耳と足を使った取材活動に基づいた真実を伝える報道を心掛けていただきたいと思いますが、皆さんはどのようにお感じでしょうか。


(※3月6日追加4(「昭和17年生まれ」の政治家について))

昭和17年(1942年)生まれで、とかく注目を集めている政治家がいらっしゃいます。それは、元内閣総理大臣の小泉純一郎氏、現民主党代表の小沢一郎氏、そして、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の総書記 金正日氏です。

この3人の政治家については、改めて申し上げる必要もないとは思いますが、今期で引退される小泉元総理は、この度の2008年度第二次補正予算関連法案の採決に際してはその動向が大いに注目されましたし、小沢民主党代表もご自身の公設秘書で政治資金管理団体「陸山会」の会計責任者が、政治資金規正法違反容疑で逮捕され、日本国中で関心の的となっています。

また、金正日総書記は、北朝鮮の最高指導者として、日本国民の悲願である拉致問題の早期解決や北朝鮮における核兵器製造、使用(実験も含め)の即時停止、禁止の決定が唯一できる人ですが、一方で健康不安説等も度々囁かれているなど、話題に事欠かない方です。

この3人の政治家は、それぞれが大きな影響力を有した政治家には違いないと思います。

実は、そうした昭和17年(1942年)生まれの政治家がこの広島にもいるのです。それは秋葉忠利広島市長なのです。前述の3人の人たちと比べてみましても、体力、気力等個々の人が持っているものに差異があるのは当然ですが、絶対権力を背景にした政治手法など共通する部分も多いことに気付かれるのではないでしょうか。

そして、小泉元総理とともに、ほかの三人の方たちもそろそろ政界を引退されると、私見ではありますが、次世代の人々にとっては、大きな光明が見える国づくり、広島づくりができるようになるのではないかとも思います。

かく言う私も、実は昭和17年(1942年)生まれですので、どことなく同時代を過ごした感性を持っているのではないかと思ってはいますが・・・。

いずれにしましても、65歳を過ぎて高齢者の領域へ足を突っ込んでいるのですし、老人性の頑固さと堪え性のなさが表に現れるようになってきたようですので、大きな怪我をしないうちに、惜しまれながら、それぞれの職を退くことも、人生の選択肢の一つではないかと思います。皆さんは、どのようにお感じでしょうか。