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(No.265)2009年1月22日

『マスコミを考える』

1月21日の中国新聞の一面を見ると、オバマ米大統領の就任式の様子が掲載されていました。「米国再生に取り掛かる」と宣言、「新たな責任の時代が来た」と強調、政府と国民が一丸となって難局克服に取り組むようとの呼びかけがなされ、スタート地点に立ったオバマ氏の力強い意思が感じられる記事でした。

一枚めくると、日本の国会の場(参院予算委員会)で、民主党の石井一副代表が何やら大きなボードを持ち込んで、「就中(なかんずく)」などいくつかの単語を並べている写真が掲載されていました。どうやら首相への漢字テストを行っているようなのですが、いったいこの人は貴重な国会の場を何と思っているのでしょうか。危機的な国民生活の中、それをどう打開していくか議論しなければならない貴重な時間であるのに、全くどういう認識なのでしょうか。

とても「国民生活が第一」と言っている政党の副代表がやることとは思えないし、日本の国際的地位が下がっていると言われている中で、こうしたことが表に出ることは、小学生が見ても、この構図がいかに情けない常識外れのことか分かると思います。

それ以前に、一国の首相をこのように貶めて、それを面白おかしく報道する姿勢。何故、マスコミはこうした愚行を咎めようとしないのでしょうか。冒頭に掲げたアメリカ大統領との対比は情けなくなるばかりです。

マスコミは、これまでにも国籍法の改正や領土に係る問題、就中(なかんずく)対馬の問題など重要な政策課題は積極的に報道しようとしていませんでした。国民の生命、財産を守るための国防についても憲法論議に終始するばかりで、建設的な議論は明らかに遠ざけていました。

平成20年12月18日号の『地方行政』には、「首相がどこで酒を飲もうが自由であり、そんなことをあげつらうようなマスコミの姿勢はおかしい。『政治はその国民を映す鏡』といわれる。政治の質が低下したと指摘する前に、記者の質の劣化も大きな問題だろう」と指摘されています。

このようにマスコミの次元の低さと傲慢さは目を覆うばかりです。ある事象が起きて、それが一旦否定的な風潮にさらされると、マスコミはそういったイメージに押し込め、全てを否定していくという短絡的な思想、動きに陥っています。そして、自らは常に正しく、自らの考えで世論をつくっていくのだから、そのための読者や視聴者の関心さえ呼べはいいというスタンスです。

私のホームページ(『医療制度について(平成20年8月4日)』)でも取り上げましたが、後期高齢者医療制度の創設がそうでした。「後期高齢者医療制度は廃止しろ」「この制度はうば捨て山だ」「75歳以上は死ねということか」といった、今の一瞬の負担増やサービスのことしか見ない軽薄な言葉が連日のように紙面を賑わしていました。

スタートしたばかりのこの制度はまだ完璧なものではなく、私たちが期待する医療水準の高さと高騰し続ける医療費の関係、あるいはそこから派生するコストの問題、さらに一番大切と思われる世代間の役割責任といった難題が山積しているわけです。 これらを長期的な視野からひとつずつ解決しながら軌道修正すべきなのに、やっと緒に就いたこの制度を全て崩壊させようという姿勢では、野党はもちろん、マスコミが将来を見据えた目を持っているとは到底思えません。

今、国政レベルで論議すべきことは、雇用の問題をはじめとして、都市と地方との格差、若者の不安、年金や医療の問題です。これらの問題を解決していくには、当然消費税率抜きでは議論できないでしょう。仮に、政局がらみの税率アップ反対の声があがれば、それではどうやって将来を見据えていくのか、といったトータルの議論を導くのがマスコミ本来の役割ではないでしょうか。

そういった時に新聞の紙面やテレビを賑わしていたのが、冒頭の国会における愚行です。ワイドショーだけでなく、NHKを含む一般ニュースでも流していたのですから、程度が知れています。50年、100年先の日本がどうあるべきか、その基本的な方向を議論できるような場を取り戻したいと思うのですが、皆さんはどう思われますか。