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(No.262)2008年12月26日

『市民球場に関連して』

新球場の貨物ヤード跡地への建設に伴い、現在、現球場跡地をどのように利用するかの議論がなされています。






広島市では、その利用計画策定のため、広く市民の意見を聴く仕草はされているようですが、ただ単に聴くだけで、それを尊重しようとか、取り入れようとかする気も全くみられないのが、今の広島市行政のようです。しかし、現球場跡地の利用は、広島の街づくりを考える上で、大変重要な問題ですので、議会人として、なおかつ、郷土広島市を心から愛してやまない一市民として、今の思いを述べさせていただきます。

この街づくりを一歩間違いますと、周辺地区だけでなく、広島市全体の今後の発展や都市の活力の維持向上、さらには、予定されている再開発事業など様々な街づくり事業に関しても、大きな影響を及ぼすことが懸念されるわけです。特に、広島市の場合、戦前から残っている有名な建物は、旧日本銀行広島支店、平和記念公園の中にあるレストハウス(元大正呉服店)や原爆ドームなどわずかです。それは、昭和20年8月6日の原子爆弾で、市中心部は壊滅的な損害を被ったからです。

つまり、広島市中心部の歴史の蓄積は、このときから始まったといってもいいのではないでしょうか。そして、その一つが現球場であり、実際、広島市の戦後復興のシンボルであると言われています。

しかし、新聞をはじめ各メディアも、残すことについて、何のイベントもキャンペーンも行わないのですが、なぜなのでしょうか。また、なぜ少しでも残す努力をしないのでしょうか。

戦前からの歴史がほとんど消えてなくなってしまった広島にとって、市民球場は、戦後復興の歴史を伝える貴重な財産であると思います。目に見える形で、たとえ一部でも、市民球場を保存しなければ、先人達が戦後の厳しい生活環境の中で、復興に向けて懸命に取り組んできた、積み重ねてきた証を消すことになるのではないでしょうか。私たちには、先人達の思いを将来の市民へと引き継がなければならない責務があると思うのです。そのことによって、広島の歴史が形作られるのではないでしょうか。

次の写真をご覧ください。

(1)東京駅(1)東京駅

(2)日本工業倶楽部会館(2)日本工業倶楽部会館

(3)東京銀行協会ビル(3)東京銀行協会ビル

(4)大手町野村ビル(4)大手町野村ビル

(5)街路(5)街路

(6)彫刻(6)彫刻

(6)彫刻の説明(6)´彫刻の説明

(7)彫刻(7)彫刻

(9)彫刻の説明(7)´彫刻の説明

これらは、東京・丸の内地区のものですが、ご覧のとおり、再開発事業によって、街が美しく蘇っています。さすが、すべての面において日本をリードしていく都市づくり、街づくりが行われていると感心するわけです。

中でも、写真(1)(2)(3)(4)のように、超近代的なビルの一角に、当時の歴史をそのまま残しながら、過去と将来が融合した夢のようなビルが出来上がっているのです。皆さんも上京された折にでも、こうした歴史を感じる建物をご覧になられてはと思いますが、後ろの超近代的な高層ビルとの景観も調和が取れているのではないでしょうか。

また、写真(5)(6)(7)のように、清楚で緑豊かな街並みと舗道には芸術的なオブジェが配置されています。散策のできる美しい街並みだと思います。

この東京・丸の内地区は、東京駅と皇居に挟まれた場所ですが、このように、景観にマッチした建築物と街並みが見事に出来上がっているのです。また、そこには、今の広島市にはない、街づくりに対する姿勢も読み取ることができるのではないでしょうか。

今の広島市の場合、たとえば、駅前Bブロック再開発事業では、秋葉市長の個人的な発想と思いつきだけで、デベロッパーの要求どおりに高さ制限を解除し、また、広島大学跡地では同じように高さ制限の解除を希望したアーバンコーポレーションの希望は通さず、最近では、原爆ドームの景観を損ねるということで、周辺エリアでは高さ制限をするといったように、一貫した都市デザインに関する指針は何一つないのです。

先人から受け継いだ貴重な財産の保全に関しては、主体的に案を提示することもなく、また、街づくりに関しても、思いつきだけで規制をする、あるいは、しないを決めることが、世界のモデル都市を目指している市長のすることなのでしょうか。

広島市でも、明確な街づくりの理念を持つとともに、少なくとも、現球場に関しては、巧妙な知恵と大胆な発想を基に、東京・丸の内のように、次の世代へつなぐ遺産を造ってほしいと思うのです。

また、商工会議所ビルやPL教団ビルが移転するとか言われていますが、広島市行政は現在ある「勝鯉の森」をどのようにしようとしているのでしょうか。「勝鯉の森」の地下には下水道の大きな雨水の排水ポンプ場があるのです。このポンプ場がなければ紙屋町は大雨のときは水浸しになるのですが、地下への入り口が電車通り側にあるのを皆さんは御存じでしょうか。まず最初に、このポンプ場とこども文化科学館を残すのか、それとも撤去するのかを決めることが、現球場跡地の利用を決める原点になるのではないでしょうか。

いつも感じることですが、自分のこと(広島市)は棚にあげて、他人のことばかり語っている行政の無責任な行動と無責任な発想ばかりが先行し、そこには、いつもマスコミ受けする施策の発信だけが目立つように思います。

また、行政もそうですが、広島にある各新聞をはじめとするマスコミや知識人は将来の広島の都市像を心に描き、発言・提言をする責任があるのではないかと思うのですが、皆さんは、どのようにお感じでしょうか。




(※追伸(街づくりの工夫))

これは、東京・丸の内地区の1枚のスナップ写真です。丸の内といえば、日本の商・産業のまさに中心地ですが、そのビル群の中に、車のためだけではなく、バイク等のための駐車スペースを地下空間に完備されているのです。

一等地における、現在の最高の技術によって行われた再開発事業が、完成された都市機能と都市美を具現しているものと感心させられました。自転車やバイクにまで気を使い、歩行者にやさしい街づくりもされているのです。

秋葉市長はたびたび上京されています。したがって、その都市機能や都市美はちゃんと自分の目で見て、御存じだと思いますが、どのように感じられているのでしょうか。平成11年に広島市長に就任され、およそ10年が経過しようとしているのですが、どのような広島を創ろうとしているのか未だに見えてきません。是非とも、こうした東京・丸の内の再開発事業を参考に、広島の街づくりを進めていただきたいものです。



十二支の最初の年ということで新たなスタートも期待されたのですが、なかなか前に進まないのが広島の現実です。唯一、新球場のところだけ輝いているように見えますが、その他は停滞、あるいは後退といったところでしょう。

来年は、丑年ですが、じっくりと腰を据えて、新たな方向を探っていくという年かもしれません。私も、新たな気持ちで、よりよい市政推進のため邁進していきます。

この一年、皆様には大変お世話になりました。新しい年が皆様にとりましてより良い年になりますよう、心からお祈り申し上げます。