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(No.245)2008年9月12日

『自民党総裁選に思う』

福田首相の突然の辞任は「唐突で解せない」というのが世間の一般的な見方のようですが、民主党代表の出馬表明を見計らったタイミングでもあり、衆議院解散と総選挙を睨んだシナリオであったことは否めないと思います。

その辞任会見では「人ごとのようだ」との質問がなされ、それがナイスヒットのように持ち上げられていますが、私は、単にワイドショー的な質問で、劇場型の資質が染みついた記者が思いつきで発した言葉だと思っています。むしろ、「何故、日本の将来や国民生活を議論する政治の活性化が与野党間で行われなかったのか」とか「そうなった責任の所在は」といった言及があってしかるべきだったと思います。

現在、メディアでは連日のように自民党総裁選候補者の顔が登場し、各人の考え方や姿勢が示されるなど議論が活発化しています。日本の将来、国家観、国民生活などについて、近未来を見ながらも、根底には将来の在り方を意識して、今すべきことを様々な角度から発信されています。

しかし、本来であれば、こうした状況は、これまでにも繰り広げられなければならなかったことなのです。それが今までできなかったのは、野党にも責任はありますが、そもそもリーダーの資質に問題があったのではないでしょうか。

例えば、近時の国際な問題として、NPTに加盟せず核開発したインドについて、核燃料や原子力技術などの輸出規制を例外扱いとした件がありましたが、これに対しては、被爆国のリーダーとして断固とした姿勢をとるべきではないのでしょうか。何も行動しないということになれば、現在日本が一番脅威としている北朝鮮の核も見過ごすことになり兼ねません。

被爆都市広島のリーダーも同じことが言えます。政府が何もしないということであれば行動するよう申し入れるとか、緊急記者会見でも開いて抗議の意を表明するとか、広島ならではの役割があると思います。どうも、広島のリーダーは時と場合によって弱腰になっているようであり、今年の「平和宣言」でも、またしても北朝鮮に対する抗議が意図的に外されていたようです。

国際的な平和・安全問題について任された職分のある方のみならず、世界に発信できる機会のある者は、言うべきことをきちんと発しないと、ますます「何も言わない国(人)」「押せば引く国(人)」「己の主義主張だけのご都合主義の国(人)」という見方をされます。

領土問題についても同様です。そもそも国家の平和というのは、そこに住む人(民族)、領土、内外の人や物のつながり、これらの枠組みが崩れると大きな争いとなりますが、そもそもの原因の多くは、領土の問題から発生していることは歴史を見ても明白です。

国家間の争いというのは、これらの枠組みについてお互いが認知していなければ絶えず起こりうるものであり、世界の平和というのはこれらのバランスが何らかの作用で一時的に保たれている時に成り立っているものとも言えます。基本の枠組みが崩れると国家の紛争に発展する危険はいつもはらんでいるのです。

竹島や尖閣列島の問題、北方領土の問題は、国家の基本的な成り立ちが侵されているから、紛争の火種と言っても過言ではないのですが、少なくとも日本国固有の領土が侵されている事実に対して、国際舞台で主張すべきことは主張しておかないと、一気に枠組みが崩れることにもなりかねません。目先の安寧にとらわれ、安易に見過ごせばいいという問題ではありません。こうしたことに、これまでのリーダーはほとんど触れようとしませんでした。

それから、将来を見据えた「負担」と「サービス」の問題についても大切です。医療問題については前回述べましたが、現在の財政危機の中で、将来の継続的な社会保障制度をどう構築していくのかということは最重要課題です。これが確立することにより、安心感が芽生え、ひいては経済状況の好転にもつながるものだと思います。

いずれにしても、今後選ばれるリーダーの資質としては、国際的な役割や国益、あるいは国民生活を考えて、きちんと主張すべきことは主張できることが求められるのだと思います。そして、こうしたことに立ち向かう姿勢をみせた人が、国においても、地方においてもリーダーシップをとっていただきたいと思います。