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(No.244)2008年8月4日

『医療制度について』

5月以降のホームページですが、今後も引き続き私の思いをお伝えします。今回は、医療制度をめぐり世間を揺るがしている問題について述べてみます。

言うまでもなく医療は、若年者から老年者までの健康を保ち、幸せな生活を営む上で欠かせないものです。それも私たちの世代だけでなく、次の世代、あるいは次の次の世代における医療サービスが継続的に提供できるようにすべき、社会における基本システムと言えます。

こうした中で、この4月に導入されたのが『後期高齢者医療制度』、つまり75歳以上を独立的に構成し、そこに若い世代からの支援金や税等のほか、1割程度は自らの保険料で賄おうというシステムです。

この後期高齢者医療制度は小泉政権のときに法制化されたものですが、検討段階では、現世代だけでなく、子の代や孫の代に至る責任を私たちが持とう、という観点からの議論が交わされたものだと思います。

この制度の最大の目的は、既に大きな赤字に見舞われている国及び地方財政の中で、将来世代に過剰な負担を残さないようにしながら現在の医療制度を継続していくための仕組みを構築していこうということでした。決して、今の私たちだけが、世界でも一、二とも言える医療制度の恩恵を受けられればいいというものではありません。

そうした中で、連日のように私たちの目に飛び込んできたのが、「後期高齢者医療制度は廃止しろ」「この制度はうば捨て山だ」「75歳以上は死ねということか」といった、今の一瞬の負担増やサービスのことしか見ない軽薄な言葉でした。

現在、国民の医療費は総額33兆円を超え、これが毎年1兆円以上はアップすると言われています。このうち、75歳以上の老人医療費が約3分の1を占めているのです。

人口減少が続き、年金や介護、生活保護も含め、社会保障費が膨張する中で、将来を見据えたスタートラインに立たなければならないのが、この後期高齢者医療制度ではないでしょうか。保険料がアップしたからとか、年金から天引きされたからとか、ネーミングが悪いからとかいった理由で、軽々に「制度反対」を唱えられるものではありません。

ただ、この制度が現時点で完璧なものとは思いません。スタートしたばかりであり、私たちが医療に期待する水準の高さと、高騰し続ける医療費の関係はまだまだ多くの人が納得できる段階には来ていません。そこから派生するコスト削減策と保険料の適正賦課、税の投入、世代間の役割責任など問題は山ほどあります。

これらの問題をひとつひとつ解決しながら、よりよい方向へ軌道修正すべきなのに、やっと緒に就いたこの制度を全て崩壊させようというのでは、将来に責任を持とうという意識は微塵も感じられません。

社会連帯とは、現世代における相互の依存関係を言うのかも知れませんが、後期高齢者医療制度は現世代から将来世代に至る社会連帯を担保しようとするものと言えないでしょうか。

かなり昔になりますが、革新自治体の長が老人医療費無料化を唱え、国が追随し、実現したことがありました。これこそ、正にその世代のことしか考えていない愚かな政策です。この愚策を機に医療費が高騰し、次世代に負担を強いたのは明白です。

自らの責任で、自らの健康と子や孫の世代の医療を守り、社会システムの一つとして継続できるよう示したのが、今回の後期高齢者医療制度であり、将来に向けた私たちの認識を新たにするための第一歩なのです。

こうした本質部分を見ずして、政局第一主義で、近未来のことしか考えない風潮を皆さんはいかがお感じでしょうか。