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(No.243)2008年5月7日

『広島市の人事(Part3)』

今回は、AERA(2008.4.28)の記事を紹介しながら、広島市の人事政策について考察してみたいと思います。

AERAの特集ページを開くと、まず左肩に『癒着』という文字が目に入り、続いて「『地方公務員のコネ採用』――相場は1人300万円――」という見出しが飛び込んできます。太字で示された概要説明には、「公務員は倒産のおそれや営業ノルマの重圧がなく、堅い仕事で一生安泰。学生にも親にも公務員人気は根強い。それだけに不正採用も後を絶たない」とあり、本文では、奈良県のある広域消防組合における不正採用を中心に、その実態を糾弾されています。以下、概要を抜粋して紹介します。

奈良県のある広域消防組合では、2005年度の採用者、23人中19人が裏口合格だった。消防長が親から1人につき50万円を受け取って人事課長に試験の得点の水増しを命じていた――その悪事がひょんなことからばれた。不正採用の新人たちは調子に乗り、採用後の勤務態度がひどかった――困り果てた先輩職員が警察に電話をかけ、警察の内偵捜査で不正が発覚――消防長は懲戒免職となり、裁判で、虚偽有印公文書作成・同行使、加重収賄、地方公務員法違反で執行猶予つきの有罪判決を受けた――地方公務員法では、「職員の任用は、受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基づいて行われなければならない」と定められている。しかし、実際は議員や幹部職員のコネが効く悪習が一部に残っている。ことに小さい市町村ほど露骨で、口利きの相場は1人につき200万〜300万円と言われる――

と、まず、職員採用に係る呆れた実態を暴いています。

次に、

国家公務員法でも、「職員の採用は、競争試験によるものとする」とある。しかし、例外があり、守衛や用務員、公用車の運転手、船員などの技能・労務職は、「ペーパーテストでの採用になじまないため」(人事院人材局企画課)コネや口コミを中心に採用されてきた――

と、国家公務員の実情をも追及しています。

そして、国の外郭団体における職員採用に係る不正にまで話が及んでいくわけですが、この部分は、(No.241)2008年4月11日「広島市の人事(Part1)」で紹介した投書の事例によく似ているような思いがしました。

筆者はかつて、厚生労働省の外郭団体で働いていた。毎年の採用試験では、本省幹部の子女が、受ける前から合格が決まっていたことが幾度もあった――昨年、ある独立行政法人の職員から告発メールをもらった。「リクナビ(求人情報サイト)に求人広告を出しているのに、裏では内定者が決まっていて、もうあいさつまわりをしている。こんな不正は許せない――

そして、最初取り上げられた奈良県のある広域消防組合で、3年ぶりに職員を採用した中に、不正採用で採用取り消しになった者が受け直して合格したことを言及して、この記事は終わっているのです。

お隣の海田町でも、昨年、職員採用試験を巡り、合格者から金を脅し取ろうとするなどしたとして元副町長が逮捕される事件が起きていますし、2年前には、呉市でも、前市長などが特定の受験生を不正採用したとして逮捕されています。これらは、いずれも有罪判決が言い渡されています。

また、今から約20年前、関東地方のある都市では、前市長が職員採用に絡む収賄容疑で逮捕されたそうですが、そこでは、市長在職中、101人の職員を「試験によらない『選考』」で採用していたようです。

当時の新聞では、「地方公務員法17条によると、職員の採用は『競争試験もしくは選考による』となっているが、選考採用は、医師、保母など特殊技能が必要な場合に限られている。しかし、同市では、この12年間、試験で採用されたのは97人にすぎない」ことを指摘しています。

そして、職員採用の実態を明らかにするとともに、「はっきり言って、私たちは大企業に入った気持ちでいます」という職員の声を紹介し、地元志向の若者にとっての地方公務員の魅力を伝えた上で、「厳しい試験を受けてきた職員の『バカバカしくてやってられない』という声が聞こえていた」という人事担当者の談話を掲載し、『行政の効率化、公務員の綱紀粛正、質の向上が叫ばれる中、市民に残した前市長の不正の罪は大きい』と総括しています。

同じような事件は、これまでも全国各地で発生しているようです。しかし、これは絶対あってはならないことです。

今回投書のありました(財)広島平和文化センターにおける職員採用で、平成19年の広島市職員名簿(平成19年6月4日現在)では、(財)広島平和文化センターの嘱託であったものが、今年の名簿では、多分、主事の一番下に名を連ねているのではないかと思われますが、その採用は、公明正大な方法で行われていることを願っていますし、そもそも職員の採用や配置はすべての市民、職員に対して、公平・公正であることを心から望むものです。

現市長には、行政運営の根幹は信頼のおける人事であることを忘れないでいただきたいものです。

また、広島市では、平成20年度も、すべての部局において、予算は削減の方向にあるにもかかわらず、(財)広島平和文化センターの人件費(事務局費)だけは、約2,500万円もの増額になっているのではないでしょうか。その上、全米での原爆展の開催には、本年も1,400万円の予算が付いています。平成19年度と合算すると、目に見えるものだけでも総額約2,600万円もの財政負担になっているのです。

現市長は平和行政を市政の最も重要な施策とされています。確かに、「平和」は、広島市民が安心して暮らせる『礎』であることには違いないのですが、それに加えて、広島市民は、安全で豊かな暮らしも望んでいることを忘れないでいただきたいものです。

今の市政に求められることは、市民に対して説明できる公平で公正な人事と市民生活や広島市の将来に目を向けた事業費の配分ではないでしょうか。また、そのことについて、市民に対して、分かりやすい説明が必要ではないかと思うのですが、皆さんはいかがお感じでしょうか。




(※追伸(広島市現代美術館長について))

「ビジネス界」2008.4.5号に「原田康夫のオー・ペラペラ対談」が掲載されています。その中で、原田氏の略歴を紹介している欄を見ますと、

はらだ やすお
昭和6年5月31日生まれ。――平成13年〜20年3月広島市病院事業管理者。20年4月広島市文化財団理事長、広島市現代美術館館長就任。――

とありますが、現状は、広島市文化財団常任顧問・理事で、広島市現代美術館館長のはずです。

明らかに単純なミスだと思いますが、それにしましても、この度、原田氏が就任された常任顧問・理事とは一体どのようなポジションなのでしょうか。おそらく、それ相応の報酬もあるはずです。

平成19年度までは、現代美術館館長は文化財団の理事長が兼務し、現職の局長級職員が就任していたはずです。このため、これまでは人事異動に伴う人件費の増額ということは基本的にはなかったわけですが、今回の常任顧問・理事の就任により、広島市文化財団では人件費を増額しなければならないことになるはずです。

しかし、文化財団とか平和文化センターといった市の外郭団体は、自らその財源を生み出せるような組織ではありません。結局、市の方に頼る、つまり、最終的には市民の税金が使われることになるわけです。

市の外郭団体は、いわば、広島市民の税金をもとに、活動できる行政の別働隊ということになりますが、こうした外郭団体についても、よくよく監視しなくてはならない時代になっていることを市民の皆さんには認識してほしいものです。




(※5月12日追加(奥田民生ライブと市民球場))

今年の5月5日増大号のAERAに「現代の肖像」というシリーズで、ミュージシャンの奥田民生さんを紹介する記事が掲載されていました。日ごろ、音楽に接する暇のない方も、「奥田民生」という名前を聞けば、3年余り前に開催された、あの「市民球場でのライブ」のことを思い出されるのではないでしょうか。

実は、私も、そのライブを見に行った一人でした。そして、ファンでスタンドが埋め尽くされている光景やその熱気に、何とも言えぬ感慨がこみ上げてきて、胸が熱くなったものでした。(その時のことは(No.126)平成16年11月2日「市民球場の奥田民生ライブ」をご覧ください。)

この度のAERAでは、そのライブのことが、次のように、「聖地・広島市民球場でギター1本の直球勝負」という見出しで取り上げられていました。

2004年、ソロデビュー10周年のその年、「ひとり股旅スペシャル@広島市民球場」と銘打った凱旋公演では、広島市民球場初となるコンサートを実現させる。広島東洋カープの大ファンである奥田にとって、そこは聖地だった。

しかし、開催までには曲折があった。「一度は断ったんですが、直接訪ねてこられた奥田さんの音楽に対する純粋さに接してるうちに、なんとかしてあげたいと思ったわけです」。そう語るのは当時、球場の所長だった入船信之。開催に向け、奔走した中心的な人物だ。

諸々をクリアして聖地が近づいてきたその時、思わぬところから牽制球がきた。ライブを告知すると、市民から苦情の電話が相次いだのだ。「野球場を芸能人が使うのはけしからん」等々。

間髪入れず、奥田が好走塁をみせる。「東京から駆けつけた奥田さんが、カープの公式戦でラジオ解説をしたり、広島の市外局番082を背番号にしたユニフォームで始球式をしたりするうちに苦情はなくなりました」。

04年10月30日、広島市民球場のスタンドは全国から集まった3万人のファンで埋め尽くされた。グラウンドにひとり、奥田は喉と生ギター1本のみの直球勝負で臨んだ。奥田が回想する。「それまでやってきたライブとは違った不思議な空間でした。現実離れしていたというか。――あのライブを経験したことで、大概のことには動じないでいられるようになったような気はしています」――

この記事を目にしたとき、あの時の感動が鮮明に蘇ってきたわけですが、それ以上に感じたのが、奥田さんのコンサート開催に向けた情熱とその情熱にこたえた関係者全員の善意です。そうしたことがあったからこそ、奥田さん自身も充実したコンサートを行うことができたのでしょうし、私たち観客も感動を味わえたのではないかと思うのです。

また、こうした一つの事業を成し遂げ、多くの皆さんに支持されたのは、リーダーであった奥田さんの実施に向けた強い意思があったからこそだとも思うのです。そして、そのことは我々が携わっている行政の運営にも言えることだと思いますし、とりわけ行政のトップにはそれが求められている、あるいは必須条件ではないかと思うのです。

さらに、今回の記事では、広島市民球場を「聖地」と表現されていますが、それは、奥田さんだけでなく、多くの広島市民・県民の偽らざる心境ではないかとも思うのです。

現在、広島市では、現球場跡地の利用策の検討を行っています。しかし、その検討では、そうした「広島市民球場」に抱いている市民・県民の気持ち、また、そうした市民・県民の心情を醸成した歴史の重みというものは全く顧みられていません。大変残念なことです。

今の市長にそうした気持ちを求めること自体無理があるのかもしれませんが、行政を進めるに当たっては、広島市の歩んできた歴史を大切にすることも必要ではないかと思うのですが、皆さんはいかがお感じでしょうか。

最後に改めて、奥田民生さんを始め、関係された皆さんに「ありがとう」と心からお礼を申し上げたいと思います。