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(No.237)2008年3月21日

『全米原爆展開催の意義』

全米原爆展の開催に関しては、これまで数回にわたって、市長が意図している開催の意義について述べてきました。そうしたところ、先日(3月17日)の中国新聞の「記者手帳」においても、このことが取り上げられていましたので、今回は、その記事の内容を紹介しながら、改めて私の思いを述べてみたいと思います。

この記事は、「米国101都市での開催を目標に、広島市が『全米原爆展』を始めて半年が過ぎた。派遣された被爆者たちに聞くと『想像以上に実情が知られていない』」という書き出しで始まっています。

これは、3月12日の私のホームページ(No.235「NHK『ワシントンでの原爆展』のレポートで感じること」)でも申し上げましたが、秋葉市長やスティーブン・リーパー氏(広島平和文化センター理事長)は、現実にあったあの悲劇の悲惨さや恐ろしさ、そして、後遺症を心配しながら日々の生活を送ることの不安等々、被爆者の心情や本当の姿を理解することなく、また、被爆者援護や被爆者のための平和施策としてではなく、「被爆」からかけ離れた、世間受けする自己流の平和活動の一環として、この全米原爆展の開催があったということになるのではないでしょうか。

また、そういった前提があるからこそ、「都市を核攻撃の標的から外す運動」を展開し、全米市長会議が採択したこの運動こそが、非核・反核の運動と一体であるような発言を秋葉市長はされているのだと思います。

穿った見方かもしれませんが、この秋葉流の表現を裏返してみますと、「私たちの住んでいる都市には核攻撃はしないでください」は、「他の場所なら核攻撃をされてもいいですから」ということにならないでしょうか。少なくとも、一般市民がこの言葉だけを捉えると、そういう解釈になると思いますし、多くの被爆者や良識ある市民の皆さんには、到底理解できない言動だと思います。

これでは、あまりにも利己的過ぎますし、そういった考え方に基づく施策が、平和施策と言えるかどうかも甚だ疑問であると言わざるを得ません。

次に、記事には、「今回の全米原爆展の開催は、スティーブン・リーパー氏が、米大統領選をにらみ、核超大国の世論を動かそうと提唱して、この度の実現に至った」といった主旨が述べられています。つまり、政治的な動きの中で、「被爆」というものを捉えようとしたものであったというわけです。

私たち被爆者は、「被爆」というものを、政争の具にしてもらいたくありません。ただ、この地球上での唯一の被爆民として、「被爆」という悲惨な現実を認識してもらい、その原点からの平和運動・平和活動に繋げてもらいたいだけなのです。記事にもあったような、米国の大統領選挙に広島から一石を投じようとするような行為を行政は絶対するべきではないと思います。

いずれにしても、今回の全米原爆展は、広島市民の切なる核廃絶の願いから発生したものではなく、別のところの「思惑」に基づくものであることが明らかにされたのではないかと思います。また、そのことは、後に続く、次のような記事からも窺えると思うのです。

「2月の帰国記者会見で選挙への影響を問われた(リーパー氏の)返答はニュアンスが変わっていた。『政治的な訴えより、もっと根源的な部分で受け入れられている』」――これは、いかに当初の考えが浅薄であったか、仕掛けられたリーパー氏自身が認められているのではないでしょうか。

さらに、記事は続いていますが、その中で、ある州での出来事として、次のような紹介がされています。

「被爆者が今なお癒えない悲しみや憎しみを抱えながらも、批判や攻撃ではなく原体験を伝えた。『亀裂の入った会場の氷が溶けていくようだった』」――被爆者の心からの叫びが、多くの方の良心を呼び起こし、心のしこりやわだかまりを溶解していく様が想像されますし、不発に終わりそうな原爆展も被爆者の証言が、一筋の光明を与えているようですが、これが核廃絶運動の原点というものではないかと思うのです。

そして、記事は「じかに聞く体験の重みをかみしめ、次世代へつなぐ取り組みを急がなければならない」ということで締められています。

今回の記事の表題は「影響大きい全米原爆展」ということでしたが、それは、秋葉市政が進めている、つまり、政治的な手法による世論の醸成、それも、「数」を唯一の評価尺度とするスタイルを賞賛するものではなく、本物の「訴え」がいかに大切なものであるかということを私たちに伝えようとしているのではないかと思うのですが、皆さんはどのようにお感じになりますか。