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(No.236)2008年3月14日

『卒業式と平和の心の継承』

卒業式のシーズンです。小学校であれ、中学校であれ、高等学校であれ、卒業式は一つの成果の区切りです。子どもたちにとっては、精神的にも、身体的にも、また、知能の上からも、大きな節目となるものであり、大きな感動に包まれる日だと思います。

ご家族の皆さんにとっては、日々のご労苦が報われる日であり、さらに、その手助けをしてくだった先生方や地域の人々には、次の世代を担う子どもたちや若者たちが健やかに巣立ってくれる、うれしさを感じる日だと思います。

毎年、この時期を迎え、そうした皆さんの姿を目の当たりにして、大きな夢と希望を感じるのは、私一人だけではないと思います。この度、こうした大きな、大きな節目を迎えられた皆さん、本当におめでとうございます。

さて、3月1日は、私の母校である広島市立基町高等学校でも、卒業式が執り行われました。そして、今年も出席させてもらいました。落ち着いた雰囲気の中、高校生としてのプライドと大きな希望を胸に、厳粛な上にも、夢のある卒業式であったと思います。

また、3月12日には、中学校の卒業式がありました。母校である観音中学校の卒業式には毎年出席させていただいています。今年は、気になっていた中学校選択制の中で初めて入学した生徒の卒業式でした。さらに、観音中学校は、荒れていたイメージを持たれる方も多いと思いますが、そういったかつての悪いイメージは微塵もなく、整然とした規律正しい、そして、夢と希望のある卒業式でした。

改めて、生徒をはじめ関係者の皆さんに、心からおめでとうございますと述べさせていただきます。そして、先生方や父母、PTA、地域の皆さんのご苦労に、心から感謝するものです。

そうした卒業式に出席させていただいて感じましたことが、昭和20年代以降に新しく校歌を作られた学校では、歌詞のなかに「平和」の文言が多くあると思われることです。

例えば、広島市立基町高等学校の校歌の一番の歌詞の一部です。
永久の 平和祈りて まごころの 只一すぢに
(トコシヘノ ヘイワイノリテ マゴコロノ タダヒトスヂニ)

二番の歌詞の一部です。
桐しげる うまし御園生
(キリシゲル ウマシミソノフ)

観音中学校の校歌の一番の歌詞の一部です。
善き人たらん 友垣つどい
(ヨキヒトタラン トモガキツドイ)

二番の歌詞の一部です。
文化は古し 心のしるべ 平和「ヒロシマ」
(ブンカハフルシ ココロノシルベ ヘイワ「ヒロシマ」
世界の人と 交わり結ぶ 真と慈愛
(セカイノヒトト マジワリムスブ マコトトジアイ)

その学校に通う児童・生徒は、小学校であれ、中学校、高校であれ、胸を張って校歌を歌いますが、なぜか、心の中に自然に溶け込む不思議な『力』が校歌というものにはあります。

そうした校歌の中に、「平和」という言葉があるということは、それを口ずさむことにより、知らず知らずのうちに、子どもたちの心の奥底に、「平和」が根付き、そのことに対する自分なりの思いや、感じ方、さらに、平和の構築の仕方が芽生えてくると思います。

つまり、広島市の多くの学校では、派手ではないが、地道に日常的に平和教育がされているという証ではないでしょうか。日頃から自然に平和の精神を育んでいたわけです。

一方、現在の秋葉市政の「平和行政・施策」はどうでしょうか。単にマスコミ受けすることだけが目立ち、今まで広島市が取り組んできた地道な平和施策は古臭く思われているようです。

また、今の秋葉流の「派手な」平和行政は、「心」の平和ではなく、「数値」の平和と言ってもいいでしょうし、市民や被爆者のための平和行政・施策が疎かになっていると言っても過言ではないと思うのです。

アメリカやヨーロッパといった先進国相手の平和論や核廃絶運動ではなく、原爆被爆運動の原点に返り、広島に根付いた、市民や被爆者のための平和論を披露してほしいものです。

次の世代を担ってくれる子どもたちの卒業式に出席して、改めて平和の尊さを心の底から感じ、平和の心の継承について考えさせられましたが、皆さんはどのように感じられますか。




(※追伸(道路特定財源))

道路特定財源維持に関する秋葉市長の姿勢は、確固たる信念に基づいたものではないのではないかと思います。表向きは、国要望においても、維持の方向で他の政令指定都市の市長と足並みをそろえていますが、根底は民主党などの主張と同じだと思います。

そもそも道路特定財源は受益者負担の考え方に基づくべきであり、ドライバーから徴収したお金は道路整備や維持に使うのが原則です。それが近年では使途拡大で、例えば、広島の新球場建設のような事業でも、国からのまちづくり交付金には道路特定財源が原資となっているようです。

しかし、これは道路、あるいは交通インフラに準じることから拡大されてきたものであり、これが一般財源化ということになれば、明らかに筋の通らないものになり納税者との信頼関係というものはなくなってしまいますし、暫定税率廃止ということになれば、地方財政はさらに危機的な状況になってしまいます。

政治を行うにあたっては、市民との信頼関係が大切であり、ご都合主義で行政の方向を変えようとすると、両者を繋ぐ一番大切な基礎が崩れてしまいます。

広島では、国道2号高架の都心部延伸ストップが、まさに市と市民、あるいは市と国との信頼関係を崩壊させてしまいました。秋葉市長個人のご都合主義で、市民にとっては計り知れない便益効果が失われているのですが、この便益というのはドライバーだけでなく、広く広島経済の活性化や沿線の環境にも資するものだったのです。

そして今度は、指定都市高速道路5号線の地盤沈下問題で、ルート変更を言っているようですが、都市計画決定の重みもあるし、そう簡単に変更できるものではありません。高速3号線(広島南道路)の太田川放水路渡河部の構造変更ができたので、簡単にできるだろうと口にしたのでしょうが、そもそも高速3号線の構造変更が将来のまちづくりに大きな影響を与えることなど、この人にとっては優先順位がよほど低いのでしょう。これらの指定高速道路(関連道路)も道路特定財源によるところが大きいのですが、要は単に道路だけの問題ではないのです。

いずれにしても、こうした道づくり、街づくりは、国・県・市が協調しながら、大きな制度の枠組みの中で進めていくことが必要であり、道路特定財源の問題は、ご都合主義ではなく、市民との信頼関係を保つということを基本に置きながら、ブレることのない行政を進めていくということが肝要だと思うのですが、皆さんはいかが思われますか。