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(No.232)2008年2月1日

『平和の壁と明日の神話』

秋葉市長は、市民との話し合いや説明もなく、聖地としての平和大通りの慰霊碑に対峙した位置に、10基もの「平和の門」を設置されました。





今日でも、何故あの場所に、同じものを10基も設置したのか理由が分からないと、市民や県民、そして原爆慰霊碑に参拝された多くの人たちから疑問の声が上がっています。(参考:設置当時の私のホームページ(No.161)

そこで、今回改めて調べてみることにしました。まず、設置の経緯についてですが、当局が作成しました資料によりますと、「フランス政府の後援により『平和の壁』プロジェクトを推進している芸術家のクララ・アルテールさんと建築家のジャン=ミッシェル・ヴィルモット氏から、広島市に対し、世界の主要言語で『平和』の文字を書いた門を設置し、寄贈したいとの申し出があった」ということになっています。

そして、「設置場所は平和記念公園前の平和大通りの緑地帯」で、「設置基数10基(平和記念資料館の柱の数と同じ)、全体の長さ75メートル(平和記念資料館の柱から柱までの長さと同じ)」とされていました。設置場所の選定に当たっては、5箇所の候補地を選定して示したようですが、結局、寄贈者側の意向を尊重して、最終的に現在の位置に決定されたようです。

寄贈ということですから、市の負担はほとんどないとは言え、設置に関する市の主体性は全く認められないというのが実際の話ではないでしょうか。特に、設置場所については、被爆者の聖地である平和大通りに、供木運動により全国各地から寄せられた樹木を伐採してまで確保されているのです。

この全国から寄せられた平和大通りの樹木は、立ち枯れと天災により被害を受けた倒木以外は、ほとんど手を付けないことが、市民、特に被爆者と、県民、国民との暗黙の約束事であったはずです。その地に、「芸術」であるからという単純な理由で、強引に彼の地に設置されたわけですから、私たちが理解できないのも当然のことではないでしょうか。

もし、これが現代美術であるなら、現代美術館の敷地に設置をすれば、入館者の少ない美術館の活性化に多少なりとも繋がったのではないかとも思います。いずれにしても、被爆者のみならず、市民、県民の皆さん、過去からの経緯を大切にする人たちにとっては、大変迷惑なことではないでしょうか。

一方、現在、広島市民や被爆者が切望している、岡本太郎氏の壁画「明日の神話」に対して、秋葉市長は何故これほどまでに「冷淡」なのでしょうか。被爆者や市民・県民、さらに、広島市への来訪者にとって、「明日の神話」こそ、本当に大切な芸術作品ではないかと思っています。





さらに、設置場所についても、「平和の門」は、市長の意思で慰霊碑の正面にされているのに対し、何故、「明日の神話」は原爆ドームからずいぶん離れたハノーバー庭園の一角なのでしょうか。

口先ではなく、芸術とか文化とか、平和の概念を論ぜられる市長なら、原爆ドームと対峙する人通りの多い、そして、広島への来訪者なら一度は通るであろう、カープの歴史でもある「勝鯉の森」と一体となる現在の市民球場の壁面への設置をまず考えるべきではないでしょうか。

実は、私は、一昨年、「明日の神話」修復現場特別公開に、市議会議員の宮本市議、谷口市議と参加しました。





それは、愛媛県東温市の「(株)サカワ」の大きな施設の中で、注意深く、一つ一つの破片を大切につなぎ合わせる、気の遠くなるような作業を黙々と専門の学芸員スタッフが行っていました。





縦5.5メートル、横30メートルの巨大な壁画の持つ芸術の物言わぬ威厳で、自然に頭が下がる思いをして帰ったことを、今日でも思い出し胸が熱くなります。是非とも、原爆の洗礼を世界で初めて受けた広島市の地へ、しかも、広島市民だけでなく、被爆地を訪れる人々にも、この感動を味わってほしいのです。

もうひとつ、壁画を目の当たりにした時のことを表現させていただくと、この壁画は、平面の単純な「絵」ではないのです。中央にある白骨の像は立体感あふれる厚みのある作品なのです。そのことが、この壁画の最も重要な部分であると思います。岡本太郎氏の芸術に対する思いが伝わってきます。写真では平面ですが、立体感のある重厚な芸術作品なのです。

もう一度申し上げますが、秋葉市長のお気に入りのパリからの「平和の壁」は芸術であるから平和大通りに設置し、一方の岡本太郎氏の「明日の神話」は多くの市民の目にも止まらないハノーバー庭園に設置とは、一体どう理解すればいいのでしょうか。何故、現在の市民球場がある相生通りではないのでしょうか。市民の皆さんは、このことに矛盾を感じられませんか。

秋葉市長は、もっともっと本気で「明日の神話」の広島設置を財団に働きかけ、広島市の現代芸術の新しい財産として、原子爆弾のおぞましさの証人としての芸術作品として、世界恒久平和を希求する被爆者や広島市民のために、どのような条件の下であっても、是非とも岡本太郎氏の「明日の神話」の設置を実現させるべきではないでしょうか。