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(No.218) 平成19年8月21日

『新球場建設に係る官製談合の疑惑(その5)』

7月20日に、新球場新築工事の入札公告が行われています。 広島市から言わせれば、事業として順調に進めているということになるのでしょうが、 それを喜んでばかりではいられないのが、現実ではないでしょうか。

実際、私は、今回の事業が多くの市民・県民の皆さんや全国のカープファンの 熱き思いを集め、また、市経済界からの協力を求めた上に、税金を投入して、公共の責任において 進めていこうとしているがゆえに、一点の曇りもあってはならないという思いから、これまで、 ホームページを通じていろいろ指摘してきたつもりです。

しかし、広島市は、こうした指摘に対して、何一つ明らかにしようとする 姿勢すら示されてはいないのです。それを咎めようとしない周辺も含めて、これが今の秋葉市政の 真の姿なのでしょう。

そうした中で、また、新たな疑念を生じかねないものがありました。まず、一つは 「ダン・ミース」氏に関するもので、氏のホームページに掲載されていた情報からです。 そのホームページでは、彼の活動等の概要を次のように紹介しています。




2005年にダン・ミース(アメリカ建築家協会)によってつくられたミースアーキテクツは、 基礎設計とエクスペリメンシャルエンバイロメントのデザインに特化した業務を行っている。 ミースは、アメリカ国内の複数の大手設計事務所で、パートナーやデザインディレクターとして 25年間過ごし、ユニークな業務を行っている。それは、ブティックデザインスタジオの 創造力と、大規模な設計事務所などにあるような実用性とデリバリーを結合させるというものである。

タイムマガジンによる、スポーツ・エンターテインメント分野でのデザインにおける 最も有名なイノベーター100人に選ばれ、ミースは世界で最も象徴的な エンターテインメント分野の人物として認められている。

彼の作品は数え切れないほどの賞を受けており、その中には、顧客へのビジネスに対する デザインの影響を評価するアーキテクチュラルビジネスウィークという一流の賞の受賞が2度もある。 ミースは、スポーツビジネスジャーナル誌が選ぶスポーツ界で最も影響力のある40人に 2度選ばれたことがあり、2年連続でこの名誉を受けた建築家はミースが初めてだった。

2006年、事務所は事業分野を拡大し、アメリカ、アジア、中東での豪華な集合住宅開発の 多数のデザインも行うようになった。これらのプロジェクトの多くは、現在、デザイン中のものも、 建築中のものもある。

彼の作品は、ラスベガスのリゾートからリヤドの複合商業施設や日本の最も技術的に高度なスタジアムに まで及び、観客の体験と施設の収入の確保の両方をはっきりと高めて、そのイベントをより具体的なものに するような劇的なデザインをもたらすことで知られている。

ミースの作品は、予算、スケジュール、顧客のための最高の価値を生み出すのに不可欠な要素を 備えているという世間の理解がある。

そして、「作品集」として、彼のこれまでかかわったと思われる数々の施設デザインがまとめられていたのです。 広島の新球場も、「hiroshima ballpark:hiroshima,japan2001」と題して、この中に含まれていたのですが、 それを見て、一瞬の驚きとともに払拭しきれない新たな疑惑がわいてきたのでした。





アメリカの原子爆弾により壊滅したと認識されている都市に平和と復興の象徴的なシンボルを デザインしようと試みた。ダン・ミースは、50年代の現球場のコンコースに掛けられている 鯉の池を描いた飾り気のない絵画の中からインスピレーションを得た。 凄まじい荒廃の後に回復した生命の強烈なシンボル、鯉の池の絵画の有機的な形状が、 形を変えて、3万の観客席、2万平方メートルの娯楽・小売店舗の複合施設、世界的に放送される 平和コンサートを主催するための5,000のオープン席を備える球場の劇的な流線型となった。

皆さん、すぐにお気付きのことだと思いますが、それは、以前、ホームページ ((No.210)平成19年6月25日付『新球場建設に係る官製談合の疑惑(その2)』) で紹介したダン・ミース氏の作品集(2001年1月〜5月)に掲載されていたものではなく、 コンペにより市に採用された環境デザイン研究所の応募作品そのものと言ってもいいぐらいのもの だったのです。

さて、このことは何を示しているのでしょうか。あえて、推察してみますと、ダン・ミース氏は、 氏の作品集(2001年1月〜5月)に掲載されていたものは秋葉市長からのオーダーであったが、 これとは別に、作品を考察していたということなのでしょうか。

しかし、この「hiroshima ballpark:hiroshima,japan2001」と題されている作品は、 2001年当時作成されたものではないことは明らかです。こうしたことを考え合わせますと、 これは、何らかの理由により、最近になって、『辻褄合わせのために作られたもの』としか 考えられないのではないでしょうか。

また、以前、私のホームページで、今回の新球場建設に関する助言者、協力者には、 ダニエル・ミース氏という人物がいるということを言及しましたが、この人物の経歴等について、 市に照会したところ、次のような回答が返ってきました。




ご覧になって、すぐお気付きのことと思いますが、ダニエル・ミース氏とダン・ミース氏とは 明らかに同一人物のようです。このことは、今回のコンペの助言者、協力者が従前より 新球場の設計に関与しており、また、秋葉市長とも、このことで接点があったことにあるわけですが、 明確に説明する必要があると思います。

また、今回の入札公告の内容にも疑問があります。新球場の建設概要について、コンペ当選時、 基本設計、そして、今回の入札公告を比較したものが、次の表です。




すぐ、お分かりになると思いますが、延べ面積では、コンペ時と今回の入札公告で、 約30%も減少しているのです。確かに、詳細な詰めを行っていくうちに、多少の増減と いうものは考えられるでしょう。しかし、この差というのは余りにも大き過ぎるのではないでしょうか。

施設の規模というものは、その必要性が積み重ねられて導かれているはずです。そして、 そのことによって、コンペで最優秀案になっているはずです。それを、このように安易に、 また、容易に変更できるのでしょうか。

このような手法が許されるのであれば、極端な言い方をすれば、出来てみたら別物に なっていたということにもなりかねないと思うのです。このことについても、為政者として、 明確に答える必要があると思うのですが、皆様はどのようにお感じでしょうか。