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(No.202) 平成19年1月29日

『新球場建設について(Part7) 〜続・官製談合の疑惑〜』

前々回の私のホームページ(No.200)で、新球場のシンボルマークのデザイン誕生の経緯を紹介しました。「盗作ではない」との反論もあるようですが、あるホームページに次のような写真が掲載されていました。

設計実例
設計実例

設計工程図片設計工程図片

これらは、上海のNBBJサイトに掲載されている各種コンペの出品作品ですが、この中にはダニエル・ミース氏がデザインした貨物ヤード跡地の新球場のデザインも含まれています。

Hiroshima1
Hiroshima1
(ここをクリックすると別ウインドウで大きな写真が見れます)

Hiroshima3
Hiroshima3

(ここをクリックすると別ウインドウで大きな写真が見れます)

この「Hiroshima1」「Hiroshima3」は一見したところでは、フィールドとスタンドを蓋う屋根のみの提案のように見えますが、よく見ると広島駅側からのアプローチ部分も含まれています。また、大屋根の下にある内野スタンドの屋根や、周辺の通路部分の屋根などについては、『輪舞するコイ』に着想を得たコイをデザインした断片を見て取ることができるのではないでしょうか。そして、「Hiroshima1」「Hiroshima3」だけ掲載されていますが、「Hiroshima2」というのは何が表現されているか気になるところです。

いずれにしても、写真のような提案が広島市のどこかでされたことは確かであり、何らかの具体的な動きがあったことも間違いないでしょう。そして、スタジアム周辺を含む屋根の提案は、『輪舞するコイ』に着想を得たものと一致する何かがあったことは誰が見ても明らかなのです。

これほどの状況証拠があって、秋葉市長がダニエル・ミース氏との関わりを否定したがる理由は何なのでしょうか。イスメーカー社長とのかねてからの関係が問題になるのでしょうか。ダニエル・ミース氏の平成11年度の提案内容が、今回のオリジナル版になっていることに罪の意識を感じているのでしょうか。少なくともそのことを含め、模型の存在を否定するわけにはいかないと思います。

その上、秋葉市長は貨物ヤード跡地へ新球場建設を指示した時期に、ダニエル・ミース氏関係の全ての資料を市長の手元に完全回収するよう指示されたと聞いています。そのため、関係資料は市役所から完全になくなっており、その検証は当時の職員の記憶に頼るしかない状況となっているらしいのです。

上海のNBBJサイトに掲載してある施設デザインは、完成している施設もあり、広島市のように提案作品もあります。ダニエル・ミース氏の来広は二度あったはずですが、平成11年度のエンティアムグループ(サイモンプロパティー、鹿島建設、電通、広島東洋カープ)の共同事業案が、事業コンペ、設計コンペを通して全ての基礎になっているはずです。

何かの事故や事件、不幸なアクシデントのあおりによる小手先だけの変更提案にするのではなく、もう一度原点に戻り、平成11年度に一度決めた新球場建設と球場経営を一本化することが、広島市民にとっては一番喜ばしいことではないでしょうか。民設・民営の事業が広島市の財政を圧迫することなく、広島の活性化に一番寄与してくれるものと思います。

もう一つ疑問に思われては困ることは、ダニエル・ミース氏とカープとの関係です。何らかの関係があるのかとも思われるのですが、結論から言いますと両者の関係はないはずです。松田オーナーは、裏で結託して何かを企むといったことには絶対にしない人であり、当時、カープはその数年前から職員を訪米させ、大リーグのボールパークのトレンドを勉強させていました。カープが中心となってやらせてくれるなら、一民間企業としてやっていきたいとの覚悟は持っておられたのです。

いずれにしても、今回の設計コンペが「不正な談合コンペ」とか「過去のデザインの盗作」と批判されても致し方ないのです。あるコンペの応募要項に「応募作品は本人が創作した未発表オリジナル作品に限らせていただきます」「アイデアの盗用など不正が発覚した場合は、受賞を取り消します」という注意事項がありました。あまりに当然の一文ですが、選挙を前に秋葉市長がわざわざマイナスイメージを増幅するとは思えませんが、このまま市民は騙され続けていいのでしょうか。皆さんはいかが思われますか。