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(No.198) 平成18年12月28日

『活断層』

(株)アメーバーブック発行の堺屋太一著の『活断層』が書店ランキングの上位にあります。内容は、地質や地震での活断層ではなく、市民生活の中での軋轢を、活きている世の中の断層と捉えて、著者の実体験をもとに書かれています。

現在、私たちが平穏無事に生活していると感じている実社会が、実際には「平穏無事」と映っているだけで、行政の行う公共事業においても、企業の大型プロジェクトにおいても、あるいは地域社会の変化においても、はたまた、民主主義の一番の根幹である選挙戦においても、反体制をプロパガンダするプロの存在があることを、実話に基づいて綴られています。

具体的には、石油備蓄基地建設に係る反対運動の立ち上げからプロとしての手打ちまでの経緯が書かれているのですが、現在の私たちの社会生活の中での盲点を的確につかれています。

   まず、本文の結びからの抜粋です。

「これは、こういう反対運動のやり方を書いたノートですよ。いわば反対運動のマニュアルですな。これをもっている者は、日本全国でも20人とはいないですよ。まぁ、反対運動のプロの免許皆伝というところですね」

「あんたは所詮素人ですよ。わたしのようなプロにかかると、所詮無理だ。日本の開発事業の悲劇的なところは、推進する側が皆ど素人で、反対の方には玄人がついていることですよ。相撲でも野球でも碁や将棋でも、素人と玄人では大違いだから・・・」

「電力会社や商社はあちこちでいろんなプロジェクトをやるが、担当者は一回ずつ変わるでしょ。住民運動対策ばかりを十年やっている人はまずいません。ところが、新聞などは推進側を「関係者」、反対運動の方は「住民」と書いてくれるから、何となく推進側がプロ、反対側がアマに見える。これも私らには有利なところですよ。素人だと思われてるから多少の行過ぎがあっても世間は大目に見てくれる。そこを読んで計算された行過ぎをやるわけですよ」

「反対運動のマニュアルなどというものが、この世にあるのも驚きだったし、それを持つプロフェッショナルが20人も日本にいるということも恐怖だった」

驚くことに、企業活動の反対運動に対してのネガティブキャンペーンやプロパガンダだけでなく、選挙運動にも同じ手段が使われているのです。本文の中にも次のように記述されています。

この声明を受けて「島を守る会」が上原村長支持を表明した。この結果、上原は無投票で村長に再選される可能性が高まったのである

この本は422ページの長編ですが、企業や公共団体、地域代表の方々や日頃から地域活動を熱心に行っている方々、私の世代の人たちは、我が身に実感することが多くあると思います。

この本の末尾にアメーバーブックス取締役編集長の山川健一さんの解説があります。その冒頭には「この長編小説は、ほぼ100パーセント事実が語られている」と掲げられています。その中で特に気になる箇所がありますので紹介します。

個人的な話になるが、団塊の世代の少し下の世代に属する私はロック世代などと言われ、小説の舞台になる1970年代前半を、千葉の県立高校の生徒として過ごしていた。千葉県には三里塚空港反対の運動があり、友人の多くが三里塚に通いつめていた。1970年のいくつかのデモには、高校2年生だった私も参加し、日比谷公園あたりで機動隊員に追いかけまわされたこともある。早稲田大学に通っていた頃は授業料値上げ反対闘争とか、周りにはいろいろな反対運動があった。空港建設に反対することや、安保条約に反対することは「正義」なのであり、それこそが「自己否定」して新しい世界に向かい合うことなのだ、と当時の私達は団塊の世代の先輩達に叩き込まれたものだった。

「反対運動というものの裏側は、こんなふうになっていたのか」という衝撃を受けないわけにはいかなかった。

『活断層』は、石油備蓄基地をつくろうとした人々と、それに反対した人々の物語だ。

この強烈な反対運動者は、それまでにも空港騒音反対運動で国に莫大なお金を遺わせたり、火力発電所反対運動、各地の原子力発電反対運動など至る所の反対運動を渡り歩いていた。いわば反対運動のプロフェッショナルである。このモデルの人物は正義感であり、自らの正義を信じるがゆえに、多少の嘘も恥も正当化できる人物なのだ。最初は、生態分布調査員という名前で滞在し、すこしずつ反対運動を拡げていく。

やがて村民を賛成派と反対派に二分してしまう。その村は親類縁者、親子兄弟などの間で、ケンカだらけになってしまう。そして気がつくと、彼の姿は消えている。「それもこれも社会主義のため、という人物の怖さ、思想と信仰の強烈さを感じる。今日の国際テロもその弾圧者にも言えることかもしれない」と堺屋太一氏は言う。

広島市を例に取りますと、前回の市長選を手伝いに来られていた人物は、『アエラ』の2003年10月27日号でも紹介されている市民派選挙の神様として称えられている人です。平成15年3月17日(No.42)の私のホームページで紹介してあります『斉藤まさしさん講演録』の人物です。

最近では、滋賀県知事選の「もったいない選挙」を取り仕切った人ではないでしょうか。平成19年の3度目の広島市長選にも今まで以上の人数の活動家を投入するとの風評もあり、現在はもう活躍中であるとの噂もあります。今度の広島市長選挙も改革派市長の最後の砦であり、全国で有名な選挙戦になるのではないでしょうか。

この『活断層』本文の中にも反対派の本当のリーダーの「顔」が紹介されています。文章中の「牧」が反対運動のリーダーで「桐野」が企業の現地責任者です。

   「うちはね、白洋建設はね、たまたま牧さんの川崎マンションを建てたものですからね、空港問題の時に。ま、それで助かりましたよ。」
   「何、牧のマンション・・・」桐野は思わず絶叫した。
   「牧の奴、川崎にマンションを持っているんですか。」
   「ええ、8階建てだから、20戸ぐらいは貸していると思いますよ、今は・・」

この本を読み終えた感想は、いくら美しい理想主義や清廉潔癖なことを口では唱えていても、現代の流行りである官製談合と同じでような構造で羊の皮を着た狼が主義主張を超えても存在しているということです。そのような人達の「生贄」にならないよう、市民は相互信頼と相互監視が必要であり、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「どのように」しようとしているのかを、わかりやすく説明、検証できる組織を構築することであろうと思われます。




(※追伸(風評被害))
   平成18年12月21日の中国新聞に、『風評被害 カキ打ち場閑散』の見出しでノロウィルスの風評被害を受けて生産調整に追い込まれているカキ業者の状況が書かれています。年の瀬を迎えた出荷最盛期の大きな打撃に、「廃業する業者も出るのでは」との悲痛な声が上がっているわけです。

何故このような風評現象が起きるのか、私たち、普通に生活している市民は不思議に思える現象です。根も葉もない風評が一瞬にして生活感を変える。生活のスピードがひと昔前とは格段に違うハイスピード時代に生きている私たちにとっては油断のできない、しんどいストレスの多い時代に突入しています。

こんな時代であるからこそスローライフの発想も生まれてきて当たり前だと思われます。どのような生活スタイル、思考スタイルで人生を送ればいいのかの選択は本当に難しい時代だと思います。

この新聞記事のような風評被害は、自然が相手となる漁業、農業者はたまったものではないのです。風評だけに誰も生産や生活を保証してくれるものではないのです。裏を返せば「無責任」の世界です。

このような現象は私たち政治家の世界にもあります。他人の批評は絶対に「ネガティブ」です。人は他人を誉めることはめったにありません。誉める言葉には伝達能力は少ないですが、反対に人の悪口は伝達力が強く早いのです。私たち、議員は平成19年4月8日に向けて、少しずつ後援会活動をしています。

それと同時に「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どういうふうに」発信したのかは不明なのですが、必ず反対運動の「ネガティブキャンペーン」が始まります。

   この例が当てはまるのかどうかは計りかねますがK氏を例とします。
(1)政治家としての節操がない。
(2)自己本位すぎる。
(3)肥りすぎで格好が悪くなった。
(4)昔の私生活が悪い。

だいたいこのようなパターンのネガティブキャンペーンであろうと思われます。単純明快で一般市民にも自然に受け入れやすいこのようなパターンは、大きな選挙運動で使う独特なネガティブキャンペーンの一種ではないでしょうか。私もですが、ほとんどの有権者はK氏本人の真の姿を知らずに風評に流されているのだと思われます。

このような選挙手法で確実に成功した例は1回目の長野県知事選挙の公共工事廃止『脱ダム宣言』であり、公共工事があたかも税の無駄遣いにつながる悪の見本とのキャンペーンであったはずです。このようなキャンペーンは一度は通用して成功しますが有権者は賢明です。二度目は「NO」の判断を下しました。

「ネガティブキャンペーン」は目新しい発想でないと確実に世論にはならず、最近では唯一、滋賀県知事選挙での「もったいないキャンペーン」が改革派知事選挙の成功例です。この「もったいない選挙」で女性知事の誕生となるわけですが、地域にとっては本当に新幹線の新駅が必要であるのか、ないのか、地域の活性化には何が必要なのかの判断は次世代の人たちが判断することであり、単に公共工事は「浪費」で「もったいない」から何もしないとの発想は瞬間的な閉鎖社会の発想です。本当に何が必要なのかの判断するのは大変難しいのです。

何はともあれ、平成19年の幕開けから統一地方選挙の年になり、7月の参議院議員選挙まで続きます。賢明な有権者、市民であってほしいものですし、私たち政治家は全ての面で背筋を伸ばし市民の皆さんに理解しやすい生活をすべきであり、市民に理解されやすい政策を明示すべきであると思っております。

風評に流されない基本がしっかりとした政治を目指します。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

   本年は皆さんには大変お世話になりました。来年は真に住みやすい広島づくりの第一歩が踏み出せるよう懸命の努力をいたします。市民の皆さん一人ひとりのお力を信じながら年を越します。
   2007年が広島市にとって、市民の皆さんにとって本当に良い年になることを念じます。