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(No183) 平成18年8月4日

『新球場・アメリカとの比較』

7月5日にワシントンポスト紙のデビット・ナカムラ氏(ワシントンDC政府担当記者)が広島市議会に来られ、広島の新球場建設に係る議論の経過や現球場の過去の歴史など、様々な角度から取材されました。

当日は、山本誠議員、宮本健司議員、谷口修議員と私で取材を受けたのですが、米国の首都に移転するワシントン・ナショナルズ(旧モントリオール・エクスポズ)の移転経過やワシントンDCに建設する新しい大リーグ・スタジアムの建設の経緯等を聞かせてもらうとともに、日米両国の野球に対する思いや感じ方の違いなどを知ることができました。

中でも広島市の対応と比較して印象に残ったのが、新球場の建設に係る経緯を市民に明確に説明できる基本コンセプトの存在でした。本市の場合は、その基になる貨物ヤード跡地利用の基本計画すらなく、ただ単に目の前に出てくる現象だけを単純に配列していくだけで、舵取りをしている為政者の「全くの無責任さと哲学のなさ」を感じる2時間30分でありました。

デビッド・ナカムラ記者は過去2年間、ワシントンDCのゴミの集積場跡地に新球場の建設が決定するまでの過程や、トニー・ウィリアムズ市長の大リーグ球場建設に係る取り組みについて、熱心な取材活動を行っていました。

新球場の概要は、「収容人員4万1000人、低価格シート2万2000席、高給ボックス4000席を設置、4月に着工、2008年シーズンの開幕に合わせオープン。建設費は、周囲の再開発費を含め約720億円」とのことですが、特に建設費については年次を追っていろんな経緯があったようです。

  2004年10月――507.5億円から始まり
            (493億円+14.5億円(3年間使用の球場改修費))
  2004年12月――553億円に増加
  2005年 3月――612億円(3年間使用の現球場改修費を含む)  
  2006年 3月――720億円(周囲の再開発費を含む)

ちなみにワシントン・ナショナルズの2004年シーズンの売上高は8,000万ドル(約95億円)であり、営業損失は300万ドル(約3.5億円)の赤字球団のようです。

今、大リーグは新球場ラッシュで、1994年以降11年間で13新球場がオープンしています。2005年3月7日の東京読売新聞には「ほとんどの球場で建設費の6割以上を地元自治体が負担。公費で球場を造るわけで、正式な所有者は自治体だから固定資産税を払う必要はない。一方、球場内の興行収入や広告収入、球場の命名権収入は球団側が手にできる。球団にとって新球場は『打ち出の小づち』なのだ」とあります。

一方、日本では、楽天の本拠地であるフルキャストスタジアムのように、地元自治体は球場の改修費には金を出しません。同じ東京読売新聞には「あくまで民間の負担。日米間で好対照を描いている。財政難のおり、多額の公費を投入する大リーグ流が、果たして正しいのか――間違いないのは、ワシントン移転の決め手はファンの後押しではなく地元自治体の公費だった」と書かれています。

広島市も世界に誇れる球場を90億円で建設されるようですが、本当にできるのでしょうか。為政者のズルさがどこかに顔を出していませんか。90億円試算の手本とした「宮崎サンマリンスタジアム」工事費試算表を調べてみました。

この試算表に広島市の新球場建設仕様の単価を入力すると、90億円ではなく約100億円となります。それに宮崎サンマリン球場建設の試算表では落としてある共通仮設費等を入れると126億4000万円になります。これらの合計額に行政の値引き率40%を掛け、諸経費、消費税等を加えると何故か90億円という数字になるわけです。市長が自信を持って発信している「世界に誇れる」野球場建設の90億円の積算の根拠の数字が単純なこじつけ数字である証拠が出てきているのです。

ワシントンDCでの球場建設費の年次を追っての変化は先に紹介しましたが、建設予算は急増しています。行政のよく使う手は日本も米国も同じようです。広島市ではこのような大幅な増額修正が絶対にないことを望むものです。

ただ、資金計画は、ワシントンDCと広島市とでは大きな相違点があります。ワシントンDCでは球場建設費の回収は、特別に設けた期間限定のTAXでまかなうようです。使用者、利用者、利益享受者等々から幅広く徴する特別税で、球場建設費と市民へ還元出来る利益も含めて20年間で全額回収できるよう計画され、10年後には完全な利益も出る計算のようです。

広島市の計画で、このような市民還元の利益も含めた資金回収の試算表ができないのは何故なのでしょうか。市長は口では企業会計とか、キャッシュフローとか、投資の公平性は、とよく言われるようですが、ご自分の選挙公約である新球場建設投資には事業の企業性は求められないのでしょうか。

90億円の新球場建設の投資金額をもとに全ての面からの経済波及効果を計算し、市民に公表すべきです。それができないのであれば、もう一度基本からやり直し、一番効果のあるプロ野球を中核としたエンターティメント施設建設に計画変更すべきであり、その建設が仮に300億円かかったとしても、本当に広島市が元気になるのであれば広島市民は納得してくれるのではないでしょうか。

日米の考え方の差、為政者の理性の差、都市ビジョンの有無、市民に対する責任感等々、大きな隔たりがある事例です。市民の皆さんは、いかがお考えですか。

(※追伸(今年の平和宣言))
   今年の8月6日の平和宣言は何を目玉にするかで大変苦慮されたようです。その証拠に、例年事前に発表される平和宣言の骨子が、今年はかなり遅れており、ようやく8月3日の中国新聞に「『核の奴隷』か自由の岐路−広島平和宣言骨子」との見出しが出ていました。

『核の奴隷』とは、思い切った言葉ですが、危機感を示した言葉に過ぎず、内容的には目新しいものはありません。むしろ『奴隷』という言葉に違和感を覚えるのは私だけでしょうか。権利、自由を認められない状態を言いたいのでしょうが、そうであれば別の相応しい言葉があるはずです。ただ単に言葉の遊びをしているのでしょうか。

また、8月4日の公務員追悼式では「都市を人質として利用してきた『核抑止論』や『核の傘』の虚妄を暴き、人道的・合法的な立場から市民の生存権を守るため、核保有国に対して都市を核攻撃の目標にしないよう求める『都市を攻撃目標にするなプロジェクト』に取り組みます」と発言されていました。

核を否定されているはずなのですが、一方では「核はやむなし」「都市は核攻撃の目標にするな」と言っているのと同じことで、「都市以外であればいい」ということなのでしょうか。全く支離滅裂な核廃絶論です。

一昨年の平和宣言で、最終段階で『唯我独尊』という言葉を削除したように、今回もまたドタバタ劇があるのでしょうか。8月4日には、原爆症認定の注目すべき判決がありました。もっと市民レベルで着目すべき視点があるはずです。平和だけで存在感を示した市長も、もはや打つ手なしの死に体にでもなったのでしょうか。