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(No.177) 平成18年6月1日

『官製談合に思う』


    私見ですが、広島市において官製談合と思われがちな事例がたくさん出てきています。広島市の為政者保護のためだけの要綱が存在するからではないでしょうか。

   要綱とは『職務に関する要望等についての事務処理要綱』です。平成16年4月に施行されたもので、内容は、市職員が職務に関して外部から要望等を受けた際の記録、報告等の手続を定めたものです。このうち「要望等」とは「個人又は団体からなされた、職員にその職務上の行為をさせるように又はさせないようにするための要望、提案、苦情等の行為」と定義されているようです。

   この要綱ができた背景を説明しますと、秋葉市長が、平成15年12月議会と平成16年9月議会の二度にわたって『広島市の事務執行における公正の確保に関する条例案』を提案されたことに始まります。二度とも議会は否決したわけですが、議会の意思は、市長をはじめとする市政権力者が監視者、監督権者になり、善良な市民を一方的に監視、監督することを認めるわけにはいかなかったのです。絶対権力者への君臨と公平性の保てない条例を否定し、特別このような条例を作らなくても、現存する条例と公平な職員教育で十分対応できるはずとの結論でした。

   当時、提出された条例案の『目的』の項では、「この条例は、広島市公正職務調査委員会の設置、職員の事務執行に関する働き掛けへの対応等について定めることにより、職員の事務執行における公正を確保することを目的とする。」、また『広島市公正職務調査委員会』の項では「通報するに係る事実を調査し、及び関係する任命権者に報告すること」や「市長が委嘱する委員をもって組織すること。」、さらに『不当な働き掛けへの対応措置等』の項では、「任命権者は、報告に係る働き掛けが不当な働き掛けである場合は、職員の事務執行における公正を確保するために必要な対応措置をとらなければならない。」とありました。

   市民の皆さんはこの条文を読んでいかがお感じでしょうか。頭をクリアにして読み直すと、「市長をはじめ市役所のエリート職員は絶対に『悪』はいたしません。私たちが市民や市議会議員、市職員各種団体等々、全ての情報を一括して統括します」という意味が含まれているのと同じことです。

   裏を返せば、「時の為政者の指示は絶対で、内部告発の内容によっては握り潰しますよ」という発言と同じであり、他人には厳しく、自分だけには甘く、何をしても世間には自分に不利な情報は出さないということです。

   百歩譲って委員会を設置しなければならないのであれば、情報が全て公開されるような為政者に関係のない公平・公正な組織にしなくてはならないのではないでしょうか。広島市行政には警察権も裁判権もないのです。市民の安寧な生活を営む環境をつくることが、市政を預かる者の一番重要な市民に対する奉仕です。

   当初から、首長は善行者で、悪の根源は議会と市民にあるとの一方的な偏見です。法の下では、為政者も権力者も市民もすべての人々は平等であるはずです。昨今、話題になっている官製談合の温床を作るため、権力者保護のためだけに作成した条例案でしかないように思われます。

   議会における二度にもわたる条例案の否決をもってしても、市長は自己の保全や保護のために、平成16年4月に『職務に関する要望等についての事務処理要綱』を策定し、職員に網をかけたわけです。何故「要綱」なのかですが、「条例」は議会での議決が必要なのに対して、「要綱」は首長の独断で議会の縛りがなく制定できるからです。

   この要綱の『趣旨』に「その職務に関して外部から要望等を受けた際に…」とあります。あくまで外部です。皆さんは、外部とは何を指すのか理解されていますか。外部とは、首長や特定少数の市の幹部以外の市議会議員も含めた全市民なのです。このことは首長以下の特定少数の幹部の指示や指摘、独り言は一皮剥けば指揮、監督権に変身します。このシステムが官製談合が生まれる温床なのです。

   この『職務に関する要望等についての事務処理要綱』は、外部に対する為政者の監視、監督と恫喝です。内部の為政者であるトップにはこの要綱はあてはまらないのです。強権的な人事権や全ての権力を握っている組織の長からの圧力はどこへ告発すればいいのでしょうか。

   広島市民と行政職員の側に立った公平な為政者であるなら、職員が安心して内部告発できるような公平、公正な第三者機関へ全情報と権限を委譲することではないでしょうか。

   「人は生まれもって善人なのか悪人なのか」との教えがありますが、多分、市長は自分だけは善人で他の人達は悪人であり、目を離すと何をするのか分からないので監視と監督が必要との見方をしているのでしょう。日本的な発想ではなく、欧米的な個人主義者や独裁者の発想の典型ではないでしょうか。

   この『職務に関する要望等についての事務処理要綱』が存在する限り、職員の相互不信の芽がますます大きくなり、暗い沈滞した雰囲気が市役所に漂ったままになってしまいます。

   例えば、「あの人は私にとってのライバルである。そのためには、その人を陥れることが、自分が何もしないで出世できる近道である。あることないことをただ単に市長あてにメール発信すれば人を陥れることが簡単にできる」といった意識が行政の中に蔓延しているのではないでしょうか。職員同士がお互いに信頼できない闇の世界へ迷い込み、このような行為は悪ではないとの間違った自己認識をしているのではないでしょうか。

   ファシズムや独裁者に通じるようなシステムの構築は止め、職員一人ひとりを信頼し、行政能力を伸ばす教育をすることが、為政者として、今一番望まれる施策ではないでしょうか。そもそも組織は人によって成り立っているのです。その構成員の相互信頼が組織存立の大きな要素であるはずであり、仮に、真に公益性を備えた告発であっても、その告発は人を攻撃し、最終的には新たな規制や個の権限拡大につながるという含みも念頭において判断すべきです。

   平成18年4月には「公益通報者保護法」が施行されています。法律ができた今、何故この「要綱」が必要なのでしょうか。市長の良識を待つものです。


(※6月5日追加(要綱の悪用))
   最近、『職務に関する要望等についての事務処理要綱』を悪用して、一歩間違えば『脅し』や『恐喝』にもなりかねない事態が発生しているのではないか、との声を耳にします。

   例えば、「何かをしてくれなければ…」「自分の意に沿わなければ…」「生理的に目障りだ」といったケースが想像できます。それも、この要綱を悪用しようと思えば、人の目に触れることなく、日常の仕事をしているかのように、パソコンのキーを叩けばできることなのです。

   この要綱があるため、同じ職場の人間同士が相互に不信感を持つことになるのですが、市長は、この要綱を、2006年4月から施行の『公益通報者保護法』という新しい法律ができるのを待てず、2004年4月に、議会に関係のないところで、一方的に制定されました。

   なぜ、市長はこの要綱の制定をこんなに急いだのか、職員の皆さんは理解できますか? つまり、この要綱は、職員保護のためではなく、市長の保身のためだけのものであり、一皮剥いだ姿は職員相互監視のための制度なのです。また、パソコンのキー一つで職員同士の相討ちに発展し、お互い傷つく、まさに完全な闇の世界の構築に繋がるものではないでしょうか。

   また、市長は、平成18年度の当初予算に、新規事業で、「職員通報・相談制度」の創設に要する経費128万円を計上されています。議会で2度にわたり、否決した『事務執行における公正の確保に関する条例案』を具現化するかのような、また、要綱を強化するかのようなものを当初予算に計上したことは、市長の独裁化の顕著な顕れではないでしょうか。

   平成18年度予算の説明では「不当な働きかけ等に適切に対応するとともに、法令違反の未然防止を図るため、新たに職員を対象とした通報・相談制度を設ける」とあり、詳細内容は「弁護士への委託」とし、「@職員からの通報に基づく調査、通報者及び市長への報告」「A職員からの相談への対応、必要に応じ市長への報告」「B通報・相談者が不利益な取扱いを受けた場合の調査及び不利益な取扱いを行ったものに対する勧告、市長への報告」となっています。

   公平、公正であるべきであるはずの制度が全て市長への報告となっているのです。まさに、独裁、全ての権力の集中ではないでしょうか。国民、市民の間で、官の姿勢が問われている時です。官製談合や粉飾決算等の温床にならないこと、職員が市長のためではなく市民のために仕事をする職場をつくることが望まれているのです。

   ここに桜井稔著の『内部告発と公益通報』という中央公論新社発行の本があります。「公益通報者保護法」の施行に伴う内部告発のメカニズムの解明と社会や告発者の影響と対策を記されています。

   「内部告発と公益通報とはどこが同じでどこが違うのか。さらには以前からあった密告という行為とどのような関係にあるのか」といった解明のほか、「官製談合は内部告発がきっかけで事件化していることが最近の特徴であり、組織不祥事の構造と内部告発とがからみあう状況になっている」という現在の社会情勢の構図を記されています。

   また、公益性の追求という大義が含む規則違反行為等をどこまで評価するのかの整理や通報が保護されるための要件が、三つの通報先すなわち、「@企業内部(役所内部)」「A行政機関(警察、検察、弁護士)」「Bマスコミ等外部組織」とあり、@ABの順番に通報者保護が厳しくされていることなどが説明されています。公平、公正を望む国民、市民からの声は内部告発であり、密告ではないのです。

   また、広島市の「事務処理要綱」がいかに市長保護のためにだけあるのか立証するような次のような記述がありました。
   組織内部の通報システムや監査システムも組織内の存在であるため、組織ぐるみの不正行為には無力であり、組織権力を握っている実力者の不正に対しても、一般的に無力である。
 
   さらに、「内部告発と密告」の項では次のような整理がされていました。
   英語では、内部告発がWhistle-blowing、密告はInformingと使い分けられ、組織や、有力者、権限や専門機能の持ち主などが行っている違法行為や不正について、事情を知る内部の者が口笛を吹いて社会警告を発することにより、不正の摘発や被害の拡大の防止を図るというWhistle―blowingの言葉の意味合いは大変分かりやすい。
   Informingのほうは価値中立のようにも見えるが、Informerには裏切り者という意味もあり、金のため、あるいは何らかの悪しき意図から、隣人や知り合いを裏切って邪悪な権力に売るといった感じであり、結果として投獄や処刑につながるイメージまで持っている。
   密告という言葉は広狭いろいろに使われていて定義するのが難しいが、狭義に捉えれば「体制によって禁止されている行為の行為者を取り締まり機関に通報すること」といえよう。抑圧体制国家における反体制民主活動家を密告警察に通報するケースなどが、密告という言葉の使用例としては典型的なものである。
 
   内部告発とは明らかに違うのです。国における、公益通報者の保護法の成立も待てずに平成18年度予算に、大手を振って予算説明までして自分の権力保持と自己保護の目的だけで、急いで要綱の強化をする市長が本当に民主的な市政を運営している為政者として皆さんの目に写りますか。