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(No.172) 平成18年3月15日

『新球場建設への過去からの思いPart3』

   野村克也(東北楽天ゴールデンイーグルス監督)著の『巨人軍論〜組織とは、人間とは、伝統とは〜』(角川書店出版)という文庫本を紹介します。

   このうち、第6章に「伝統の重みを感心させる第一の要素は、やはり優勝回数である。第二は、名選手の輩出である」「伝統というものを考えたときには、マスコミの力も無視できない」という記述があります。また、「野球というスポーツの魅力は『未来創造力』というものだ」とも言い切っています。

   以下、少し詳しく紹介します。
   チームは生き物である。色々変わっていくチームの未来をいかにイメージし、実際につくりあげていくか。そういう能力こそがチームを長らえさせる秘訣であり、それが失われたときがチームが崩壊に向かうときであると私は信じている。私の考えでは、野球というスポーツは何らかの根拠に基づいて成り立っている。9つのポジション、9つの打順にはすべて役割がある。ということは、単にいい選手を9人集めればいいというではなく、それぞれの条件と役割にかなった選手をみつけ育て、機械的に結合させていくことが重要になる。すなわち未来創造力がチームづくりには必要不可欠なのである。
   野球の奥の深さを思い知らされた様な感じです。

   あとがきには、現在のプロ野球のおかれている位置が端的に表現されている個所があります。
   「巨人が弱いとプロ野球が衰退する」という意見がある。「巨人が強くあってこそのプロ野球だ」と・・・特に2005年は、巨人戦のテレビ視聴率が低迷したことで、プロ野球そのものの人気が低下したような捉え方もしている報道が多数あった。それどころか、滅亡の危機に瀕しているという印象を与えるものも少なくなかった。だが、本当にそうだろうか。フランチャイズが拡大したのにともない、各球団は地域密着を謳い始めた。そのことでそれぞれが独自のファンを獲得しつつある。つまり、これまで巨人に一極集中していた人気が分散しただけではないのか。

   以前、Jリーグのチェアマンだった川渕三郎さん(現日本サッカー協会キャプテン)と長時間話し込んだことがある。そのとき、川渕さんはJリーグをつくりあげるために『プロ野球を100%参考にした』と語っている。そして、プロ野球のダメなところを反面教師としたそうだ。そのひとつが巨人中心主義と、それに基づく『非地域密着』だったことはいうまでもない。そして今、プロ野球はJリーグにも学び、正しい方向に歩みはじていると私は感じている。
   これは、これからの広島東洋カープの生き様を言い表しているのではないでしょうか。楽天ゴールデンイーグルスのフランチャイズは東北の都、仙台市です。中四国地域の代表として広島東洋カープは広島市で大きく羽ばたいてほしいのです。

   野村監督は、伝統という重さを表現されています。私の子供の頃はカープの試合は観音の県営グランドで開催されていました。外野フェンスの金網を切るか、松の木に登りフェンスを飛び越えるか、やってはいけないと分かっていても小遣いのない子供達にとってはカープの試合見たさにペンチをポケットに入れて県営グランドへ通ったのを思い出します。どうしたらタダで試合が観戦できるかだけを子供の知恵で一生懸命考え、カープの試合が見られることが当時の最大の喜びでした。

   その当時がタル募金の初めでした。そのタルも背丈以上の大きなタルであったこと、現在のアメリカ大リーグ球場のファールグランドが変形しているように沢山のお客が入ると内野のファールグランドに荒縄を張って特設の見物席が出来たこと、球場に入れなくても歓声がたびたびあがると勝ち試合で歓声があがらないと負け試合だと分かったこと、等々思い出しても懐かしいものです。

   その後、現在の市民球場に移り、優勝の感激も味あわせてもらい、広島市民の間にカープへの情熱の輪が大きく広がったのです。そのカープ隆盛の地である現在の市民球場を離れて、貨物ヤード跡地へ球場を移転することは創設からの歴史を知る人達は大変寂しい思いをされているのではないでしょうか。

   その理由は、まず現市民球場建設の礎が何であったのかです。現在のマツダ(株)の歴史をみると、創業者は松田重次郎翁の東洋コルクからであり、自動車メーカーとしての基礎を築かれたのは松田恒次社長です。そして、世界にロータリーエンジンを認知させた人が三代目の松田耕平社長であると思います。

   紆余曲折はあったとしても、このことが現在のマツダ(株)のルーツに間違いないはずです。その偉大な祖父である松田恒次社長が、昭和28年頃に市民球場建設資金として、1億円もの浄財を寄付されました。この金額は現在の金額に換算すると約30億円にもなるそうです。この松田恒次社長の被爆後の広島復興にかける多大なる厚意で現存する施設のひとつが現市民球場であり、また現在の広島東洋カープなのです。全て、松田恒次翁の英断のお陰です。

   広島東洋カープの松田元社長の祖父に現広島市民球場を作ってもらい、その球場で父耕平社長の時に市民、ファン待望の優勝という美酒を味あわせてくれた広島東洋カープ発祥の地である聖地を簡単に離れる感覚が理解しにくい人達が大勢いることを決して忘れてはならないと思います。松田元オーナーも現代的な経営で広島東洋カープを根付かそうと努力されているのは理解しますが、その前に、今の広島東洋カープがあるのは誰のお陰であるのか、先祖のご苦労をもう一度思い起こしてほしいものです。

   例えば、現在のマツダ(株)も創業、発展の地である本社はどこにも動かしていないはずです。安芸郡府中町という、どことなく田舎くさい本社の所在地でも変更していないのです。創業の地を大切にすることが世界の急速な変革の中でも強く生きぬいている証拠ではないでしょうか。そこにマツダの精神があったのではないでしょうか。

   自動車産業界だけでも、トヨタ自動車も創業の地は挙母(ころも)市です。現在は豊田市に名称が変わっていますが、名古屋市の奥の田舎から本社を移転していないはずです。日産自動車は横浜市から本社を東京都へ移転し、この度また、創業の地、横浜市へ再移転し、お里帰りの御土産が横浜スタジアムのニッサンスタジアムとしてのネーミングライツであろうかと思われます。

   近代的とか、今の自分達だけの使い勝手のよさだけで、今日まで先人達が苦労して培ってきた全ての歴史を捨てて活躍の場を移すことの危険は大きすぎるのではないでしょうか。現在の場所での球場使用上の様々な利点も、過去からの歴史の積み重ねの中で、伝統、慣例として残っているものであり、これも新球場に移ればなくなるのではないでしょうか。

   新しい球場は、エンティアム案のような「民設・民営」ではないのです。市民の目のある「公設・民営」なのです。今あるものを全て捨てて、新しい器に移る夢も大きいかもしれませんが、失うものも大きいことも忘れないで下さい。もうひとつ、現市民球場前の広島東洋カープの輝かしい歴史である「Vの森」は現在地にあって輝いているのであり、これをどこかへ移転しても価値がなくなるのではないでしょうか。

   本当は東北楽天ゴールデンイーグルスの球場のように既存の球場を広島東洋カープ仕様に改築することが、一番良いのではないでしょうか。言葉が古いかもしれませが、先祖の思い、歴史の大切さをもう一度原点に帰って考えてみてください。

「天の時は地の利に如かず地の利は人の和に如かず」という諺があります。

   冷静に考えてもエンティアム案が破棄されたこと、また、この度の防衛施設庁の官製談合事件に新球場建設コンペの応募企業が加わっていること、二度も広島市民に夢と希望を与えるはずの新球場建設構想に汚点の残ることが起きることは「天の時」が満足に働いていないように感じられます。

   「地の利」は何度も述べましたが、東側は国鉄の線路敷地で西側一方だけの面が開けている土地です。このような変形した土地に集客施設と作る時に一番大切な要件はインフラ構想の確立であり、その構想が出来るのを待ってでも移転決意は遅くはないはずです。

   「人の和」は現球場が良いという人と新球場がいいという人の議論がまだまだ完熟の域に達してないのではないでしょうか。人気スポーツとしての観客離れがある危険性まで、背負い込むことはないと思います。

   本来の諺の意味とは違うかも知れませんが、今回の場合は、天の神が与えるチャンスも、地理的条件の有利さも、一致団結した人の和も、いずれも及ばないということでしょうか。市民の皆さんや関係者の皆さんの選択の最後の時です。このような時であるからこそ、より慎重で公平な判断を望むものです。



(※3月19日追加(新球場建設コンペ))
   3月19日に平和記念資料館で行われた新球場設計・建設予定者選考コンペの公開プレゼンテーションの様子を聞きました。樺|中工務店を代表とする企業体のみとなったこのコンペですが、多くの市民も来場され、パワーポイントで映し出される天然芝と内野の一部に架かるシンボリックな屋根(将来は全体架設も可能らしい)のコントラストに見入っていたようです。

   建設費は129億円で、市が提示している90億円の枠を39億円もオーバーしているようです。この39億円は実質屋根架け部分らしく、オーバー分の資金計画はOKだとの説明だったようです。ネーミングライツや壁面広告料でカバーでき、既に一部の企業との話はついているようです。

   しかし、ネーミングライツや壁面広告料は施設管理者に入るものであって建設者側に入るものではありません。これでは、これまでカープに与えられていた収入はなくなってしまいます。カープの経営が行き詰るのは目に見えています。

   また、完成予想図だけを見ると、恐らく多くの市民は「90億円で129億円の夢の球場が実現」「シンボリックなデザインで将来は全屋根架けも可能」と大きな期待を抱くことでしょう。選考会の協議を経て、明日3月20日に市長はこの案が最優秀作品だったことを発表すると思います。

   貨物ヤード跡地における2度にわたる失態をさらさないためにも、予算特別委員会で「1企業体のみではコンペにならない」との再三にわたる批判も退け、1年後の市長選を控え、何としてもこのコンペを成立させたいのだと思います。

   「コンペは成立させ最優秀作品を選びたい」「競争にならないことの非難は避けたい」…この市長の強い思いから、市は、残り3企業体の作品を公開することを何度も何度も各企業に依頼したとのことです。当然丁重に断られたことは私の耳にも入っています。予算特別委員会では、「失格者の作品は公開しない」と言明しておきながら、この行動には呆れ返るばかりです。何故、こんなルール違反をしなければならなくなった行政になったのでしょうか。

   公開プレゼンテーションの最後に、伊東委員長が「残り3企業体の作品も見ている」と発言されたらしく、恐らく明日(3月20日)の発表の際には、市長は「3企業体と比較しても優秀だった」とのコメントをつけると思います。

   そもそも3月19日の公開プレゼンテーションは、この時期に予定していなかったはずです。通常であれば、2月定例会を避けて3月29日以降に設定するつもりだったのではないでしょうか。それを3月19日に早めたのは、防衛施設庁の官製談合事件の直撃を恐れたのでしょうが、予想以上の展開に仕方なく指名停止せざるを得なかったわけです。

   しかし、国(防衛施設庁を除いて)も広島県も未だ指名停止はしていないとのことです。今も発注作業は続いています。市長は、何が何でも決めてしまおうとの思いが強いあまり、相当焦っているのではないでしょうか。「90億円で129億円の夢の球場」に惑わされて、将来に大きな禍根を残すことになりはしないでしょうか。

   3月19日の中国新聞『天風録』に、「不採用になった場合、市は、設計だけのコンペを先行し、施工者選びは後回しにする方針だ。指名停止の期間切れを待つ思惑も見え隠れする。2009年春のプロ野球開幕に間に合わせたい気持ちは分からないでもないが、どこかおかしい」とあります。

   市長は、市長選までの1年間の評価を考えればいいのでしょうが、市民はそうはいきません。この先何十年も持ち続けることになる市民の財産となることや、それ相当のリスクについても覚悟しなければならないのです。事実上コンペの意味がなくなったのであれば、一旦白紙にし、選定方法の議論から再出発すればいいのではないでしょうか。ここはじっくり考えるときです。