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(No.155) 平成17年7月27日

『新球場建設とカープの経営方針について』

   前回(7月15日)のホームページに続いて、「広島東洋カープの経営方針」について申し上げます。

   前回は「経営の透明化や責任ある将来展望を明らかにすべき」ということを申し上げました。このことについて、松田元オーナーは「球団経営の透明化については、これまでも公表しているつもり」と発言しています。しかし、球団経営に係る具体の状況や方針がこれまでオープンにされた実態は見受けられません。

   先般、一般には公開されていない轄L島東洋カープの営業報告書(第49期(平成16年1月1日〜平成16年12月31日))を入手しました。わずか10ページばかりの報告書には「営業状況」や「会社の概況」として最低限の指標は掲げられているものの、今後、カープをどのように運営していこうという経営方針は見当たらず、その意気込みも伝わってきません。

   また、「株式の状況」を見ると、現在の株主数はたったの9人です。筆頭株主はマツダ鰍ナ34.2%、次は松田元オーナーの20.4%、後は系列の会社と松田家の親族で固められています。私たちが市民球団と思っているカープは、実は特定少数の株主で占められているのです。

   そもそも「経営の透明化」とは単に財務諸表をオープンにしろということではありません。私が言っているのは、「責任ある将来展望」を開くためには「経営の透明化」が必要だということなのです。単刀直入に申し上げますと、市民の財産であるカープ球団は、マツダや松田家が半ば独占的に所有するのではなく、名実ともに市民球団としてのあるべき態勢にすべきだということです。

   何故かというと、カープが将来とも「広島カープ」であり続けるためには、強いカープが必要なのです。そのためには特に選手の育成強化に力を注がなければならず、それを実行しようとすれば、資金力を増強して市民の夢が叶うような力強い経営力が必要になります。7年連続でBクラス、今年もダントツで最下位争いではとても市民の財産として誇れるものではありません。まずは、チーム力の強化に繋がる将来ビジョンを明確にすることを経営者に求めたいということです。

   このことについては、広島市出身の下前雄氏(一橋総研理事)が「プロ野球徹底改革概論(広島カープをモデルとして)」として論文を書かれています。是非、ご一読いただければと思います。
http://www.h-ri.org/paper/?cate=carp&id=003

   先代の松田耕平オーナーは、カープアカデミーをドミニカ共和国に開校し、海外での選手の発掘、育成を実行されました。アメリカ教育リーグへの参加や国内で初めての屋根付練習場を整備されるなど、カープを「市民」の宝として育てるため、先見性のある環境づくりに努められました。しかし、残念ながら現オーナーの松田元氏には、こうした「責任ある将来展望」には全く手を付けておられません。

   こうした中、今世間を騒がせているのは新球場の建設問題ばかりです。新球場建設のタイムリミットを前に耳にするのは「現在地か」「貨物ヤードか」という声ばかりです。しかし、これではカープが広島の球団としてあり続けるための本質的な問題が御座なりになっているのではないでしょうか。

   ここは一つ、原点に立ち返って見つめ直すべきです。ハード部門は公設民営で市が中心となって進めればいいのです。建設協力は、県がそれなりのバックアップをしてくれるでしょうし、カープも主たる使用者として応分の負担をすればいいのです。

   問題はソフト部門の強化です。前述したように市民に夢と希望を持たせるには、カープのチーム力強化が必要であり、そのための経営力アップが不可欠なのです。その手法としては経営資本の増強が考えられますが、経済界にはそのための増資に力を注いで欲しいのです。もちろんこれには企業だけでなく、個人資本があっていいと思います。

   つまり、「親会社」のないカープを「企業」や「市民」の力で強いチームに育て上げることが肝要であり、それを実行するのであれば、その基盤となる球団経営には当然ながら透明性が求められるということです。こうした本質的な問題に、今こそ手を付けなければならないということを申し上げたいのです。

   前回述べたように、近い将来1リーグ制の話が復活する恐れがあります。その場合、今のカープの経営力であれば、新球場があろうがなかろうが、カープが一番先にオミットされるのは間違いありません。そのようなことにならないようソフトの経営基盤を強化し、市民に夢の持てるチーム力にすることが今一番求められているのだと思います。

   故松田耕平さんは、ルーツ氏を招聘し赤ヘルブームを到来させました。そして、ルーツ氏から引き継いだ古葉監督が夕闇迫る後楽園球場で胴上げされたときの感激は皆さんも忘れられないでしょう。球界のお荷物と言われたカープが球界の雄ジャイアンツを下し初優勝した時です。シーズン終了後の優勝パレードが平和大通りを人の渦にして、その興奮と一体感が後にフラワーフェスティバルを生み出しました。

   今でも多くの市民の脳裏に焼き付いているこの光景が、完全に過去に葬り去られたものとならないよう、経営者と企業、市民が何をすべきか、もう一度考え直す必要があると思いますが、皆さんはいかが思われますか。