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(No.145) 平成17年 3月24日 『核に対する思いの違い』

  2月21日の電通報12面の文化欄に、フリーライターの加藤祐二氏(在ラスベガス)の紀行文「ラスベガス100周年」が掲載されていました。
 その内容を見ると、米国では、原爆実験、核開発について、私たち被爆者の思いや感性、被爆当日の悲惨な記憶、あるいはこれまで精神的、身体的に味わってきた不安感などは全くなく、別な次元として受け止めているとの印象を受けました。1940年代は米ソ冷戦の真っ只中であり、核兵器が抑止力として作られ、軍事的優位性を示してきた国民の感性の違いをまざまざと見せつけられた思いです。一文を紹介します。

 1941年には軍の基地が、第二次世界大戦後の1951年からはネバタ・テストサイトと呼ばれる核実験場ができて900回以上の地上・地下核爆発実験が行われた。
 50年代はこの核実験が、まるで花火大会のような見せ物になって、早朝、観光客が核爆発のキノコ雲を見ながら拍手喝采をした。
 ある旅行会社は、核爆発を小高い丘から見上げるピクニック・ツアーを行い、ホテルの美容室が開発したアトミック・ヘアーというキノコ雲型の髪型が流行。毎年、「ミス原爆」が選出された。核実験により、莫大な連邦予算が流入したばかりか、砂漠の核爆発はショービジネスとしても経済効果を発揮した。

 冷戦下の大国、強国のバランス理論に加えて、アメリカ的発想と日本の学生運動時代のイデオロギー社会の違いでしょうか。また、被爆という現実社会と核兵器保有という軍事力社会のギャップが現在の核兵器・核廃絶の運動や平和論につながってきているのではないかと思われます。こうした社会の先端を走ってきたリーダーが今の広島市長だったのだ私は感じています。

 核に対して、世界には沢山の解釈や思いがあるはずです。多くの声なき声の被爆者の平和と、為政者が唱える平和思想家としての平和論等様々な平和があるはずです。画一的な平和論は存在しないと思います。被爆50周年がひとつの大きな区切りであれば、被爆60周年行事は行政の流れの中のひとつの点ではないのでしょうか。

 こうした中、市長を初め行政マン全てが口を揃えたように財政的に困難、広島市にはお金がないと連発しています。毎日の市民生活に支障をきたすような予算編成しか出来ていない中で、本当に『市民のため』と発するものがあるとすれば、生活者の窓口である区行政や市民の利便性の確保のためにもっともっと、ゆとりある予算配分をする必要があるのではないでしょうか。

 また、この文章の中には「大リーガー野球チームの誘致にも動く」とあります。「オスカー・グッドマン市長は犯罪担当の元弁護士で、マフィアの組織犯罪者の弁護を専門に務めてきた。今では大リーグの野球チームを誘致しようとショーガールを伴って全米各地をプロモーションに余念がない」とあります。

 今は、2月定例市議会で予算の審議をしています。多くの市議会議員が本当に広島を愛し、広島を何とか元気で安心して暮らせる都市にしようとする質問に対して、市長は口先だけの空虚な答弁ではなく、内には本当に市民本位の行政システムの構築を、外には責任を伴う強いリーダーシップをアピールしてほしいものです。

 率先したトップセールスは外国の有名都市だけでなく、国内各都市や団体、中央官庁等々、理論ではなく、身体を動かし率先して『範』を示してほしいと思いますが、皆さんはいかが思われますか。



追伸(天知る、地知る、我知る、人知る)

  次のような手紙が来ました。

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 そろそろ人事の時期がやって来ます。広島市に元気が取り戻せるよう明るい広島市役所のためにも、OBや職員が一致団結して頑張らなくてはならないと思います。
 お互い狭い広島市ですし、大勢の人が集まる流川地区です。人の悪口は、気をつけなくてはいけないのではないでしょうか。
 『天知る、地知る、我知る、人知る』(悪事や不正はいずれ必ず発覚するという戒めのことば)という諺があります。このような時代ですから、気を使いながら少しでも明るい広島を創ろうではないでしょうか。


※3月25日追加(卒業式に思う)

 平成17年3月18日は、南観音小学校の第130回目の卒業式が行われました。50年も前にこの小学校を卒業したのかと歳月の流れの速さを目の前で感じさせられる1日でした。

 この小学校の生徒が全員で唱和するスローガンが『元気・本気・やる気』です。小学校1年生から6年生まで、何かあるたびに全員が大声で唱和することで自然に子どもたちの脳裏に残ってくるのですが、大人になっても私たちが生きていく上での基本になっているように思います。

 今の広島市に当てはめれば、毎日元気で一人一人が本気で取り組めば、どこの都市にも負けない力強い広島市が生まれるはずだと確信します。行き詰まった市政を考える時、基本を忠実に守ることが都市再生のためには一番の近道ではないかと思われてなりません。

 また、3月12日には、これも我が母校、広島市立観音中学校の第57回目の卒業式がありました。本年もまた感動の卒業式であったと思います。運動場には国旗がひるがえり体育館の演台の後ろには国旗と校章が並び中学生らしい簡素ですが、規律正しいすがすがしさを感じさせるものであったと思います。

 中学校で生徒に落ち着きがない時は体育館の中いっぱいにスローガンが掛かっていたことが思い出されますが、今年の各クラス1枚のクラススローガンが整然と掛けられているのを見ると、今年の生徒の質の良さを感じさせるものです。この年代の生徒をよくここまで導かれた先生方のご苦労に敬意を表するものです。この子どもたちが年に応じて日々成長してくれることが、次の世代を担ってくれる私たちの財産であることは間違いないのです。

 観音中学校はもう長い間、『友情と連帯』を中学校全体のスローガンとしており、地域の特長を表したものであると思います。このことが成長した暁には大きな心の財産になっていくことに間違いないのです。

 少人数学級が良いのか、大クラスの教育が良いのか私には結論を出せるものではないのですが、学校が団体生活、団体行動の基本を身に付ける場であるとすればそれに相応しい大きさがあると思います。我々の時代の60人以上の学級構成でそれも15学級ぐらいの大所帯の中での生活訓練も良かったと思うし、現在の35人程度の学生生活もそれなりに必要な規模ではないかと思います。

 また、体育祭や合唱際でのクラス間の競争や、修学旅行での団体行動、あるいは一人一人が考えたり行動することが責任感の醸成にも繋がるし、あらゆる学習の場であることには間違いないのです。中学校、小学校の卒業式を通じ先生方のご苦労に感謝し、地域にとってはこの子ども達が無事、成人することを心から願うものです。