私の思い まちづくり・経済・交通 総務・人事 議  会 教育・文化
福祉・医療 平和・交流 その他 総合メニュー

(No.134) 平成16年12月22日 『秋葉市政と符合するもの』

 今回は、『日本人が知らないアメリカひとり勝ち戦略』という本を紹介します。著者は、NHKで顔をご覧になった方も多いと思いますが、日高義樹氏です。同氏はこの本の原稿を今年の8月に書き上げられたものですが(発刊は10月)、大激戦だったアメリカ大統領選挙はジョージ・ブッシュが勝つと断言されています。その理由について、一つは、ブッシュは冷戦が終わって世界が新しい動きを必要としているときに断固として行動した最初の大統領だということ、そしてもう一つは、アメリカ国民が求めている大統領としての資質、それも人柄や人格といったことを取り上げています。
 そういった視点も踏まえて、一部を抜粋して紹介します。

(なぜ再びブッシュ大統領か)

 マスコミの激烈なブッシュ・バッシング、ブッシュ叩きにもかかわらず、アメリカ国民の多くは、ブッシュ大統領がイラク戦争からも、テロリストに対する戦争からも逃げることなく、正面から戦っていると考えていた。

 マスコミは、イラク戦争の後始末がうまくいっていないことを喧伝し、(中略)ケリー上院議員がベトナムで戦ったことを宣伝して、ケリー大統領になれば、イラク戦争をうまく片づけられると強調した。だが、ケリー上院議員は「どうやって片づけるのか」という質問にはうまく答えられなかった。例によって「国際社会の協力を得て」というインターナショナリズムを持ち出しただけだった。

 2004年6月、アメリカの有力な世論調査機関であるPEWが、ブッシュ大統領とケリー上院議員の人柄や人格についての信頼度に関する世論調査を行った。(中略)「どちらが道徳的か」という問いには、50パーセント近くがブッシュ大統領であるとし、ケリー上院議員と答えたのは20パーセントあまりだった。「どちらが正直か」「どちらが指導者として信頼できるか」という問いについてもブッシュ大統領が40数パーセント、ケリー上院議員は20パーセントあまりだった。

 ブッシュ大統領は、私生活でも仕事でも、不器用なほど一本気で、言ったことは必ず行動に移す素朴さを持っている。だがこうした素朴さが東部インテリにはたまらなく野暮ったく映るのである。

 政策批判についていえば、大統領を批判し反対したとしても、政策を変えさせればよいのである。ホワイトハウスから追い出すことには直接はつながらない。しかし人柄や人格の点からの批判が厳しくなれば、大統領はホワイトハウスから追い出されることを覚悟しなければならない。

 いかがですか。アメリカ国民は人柄や人格については、ブッシュ大統領を信用し、ケリー上院議員は信用していなかったのです。人間として信頼するに足るか、人柄として尊敬できるかどうかが大きなポイントとなっていたことが、選挙の結果からもお分かりになると思います。
 私の言わんとすることはもうお分かりだと思いますが、「人間として信頼するに足るか、人柄として尊敬できるかどうか」は、組織のトップとして「能力」以上に求められることだと思います。能力は、組織の力でカバーできますが、人格や人柄はそういうわけにはいきません。また、能力が高く人格が低い人は、能力が高い故に大きな問題を起こす危険性をはらんでいます。「能力」「人格」「人柄」で相手を見極めたいものです。

 以下は、参考として世界経済におけるアメリカの立場について合わせて紹介します。

《参考》
(世界経済もアメリカが支配する)

 ブッシュ政権の経済拡大政策は、これまでのケインズ学脈の経済人による政策のように「経済が拡大すれば経済全体における赤字の比率が減り、金利の負担が減る」といった消極的なものではない。実体経済が拡大しつづけていくかぎり「赤字、黒字といっても帳面の上だけのこと、心配することはない」というきわめてダイナミックな考え方に基づいている。

 ブッシュ政権は、世界の人々がアメリカにものを売り、その代金をアメリカに投資することこそ、経済の最も重要で確実な原理原則と考えている。冷戦後、政治的にアメリカのひとり勝ちということがいわれて久しいが、いまやブッシュ政権は経済的にもアメリカひとり勝ちの体制をつくろうとしている。ブッシュ政権の基本的な姿勢はドルという通貨の力ではなく、アメリカの技術や軍事力、さらには全世界を動かすシステムの力によってアメリカを世界の中心にしようというものである。

 こうしたアメリカの力は必然的にドルの力を強くし、世界の経済活動がドルに頼ることになると考えている。この考え方が「財政赤字や貿易赤字がいくら増えてもかまわない」という言い方につながっている。こうしたアメリカの姿勢に対抗してヨーロッパは、ユーロの経済圏をつくり、ユーロの存在を強く主張しようとしている。一方、中国も人民元を東南アジア全域で権威を持って流通させようとしている。このため中国はミサイルをはじめ近代的な軍事力を強化し、東南アジアに対する軍事的政治的圧力を強めている。

 ブッシュ政権は、あらゆる分野でアメリカの指導力を強めようとしているようです。こうした中、世界の中での日本の立場を確立していくためには、新しい変化をもたらす技術革新を追及していくことだ


(中国をアメリカのルールに従わせる)

 「中国政府の首脳はバブル崩壊の懸念を十分持っている」エバンズ商務長官は中国政府の首脳陣とじかに話し合い、アメリカ政府が中国経済のバブル問題を懸念していることを率直に伝えたという。

 中国は、現在GDPが一兆ドル。アメリカの9パーセント、日本の25パーセントだが、世界の経済専門家は中国が向こう20年ぐらいの間に、GDPを4兆ドルに増やすと見ている。日本がGDPを2パーセント前後、拡大すれば、その頃日本のGDPは6兆ドルになり、依然として中国は日本に追いつくことはできないが、石油の消費量は確実に増える。

 こうした問題をすべて考えれば、中国という広大な国家が13億という人々を養っていくことがいかに難しいかは一目瞭然である。これまでは中国の国土の大きさや人口の多さが国の力と信じられ、中国の強さとして考えられてきたが、これからのエネルギー資源の枯渇や環境問題、さらには人口問題を考えると、中国の存在そのものが、きわめて難しいものになってくる。

 世界経済における市場主義を信じている中国ですが、あまりにも多くの問題を抱えているようです。そして早すぎる経済拡大をめぐって利害が対立し、大きな混乱に陥る可能性もあるようです。


(※12月24日追加1(被爆60周年を迎えるにあたって))

 今から45年前に被爆写真と映画を持ってヨーロッパ諸国を旅した紀行文の書籍があります。立花隆著の『思索紀行〜ぼくはこんな旅をしてきた(書籍情報社出版)』ですが、被爆60周年を迎える広島市民や被爆者にとって、今一度、被爆の原点を考えさせられる内容だったので紹介します。日記対話形式でまとめられている第8章の「ヨーロッパ反核無銭旅行(1960.4〜10)」からの引用です。

 友人と二人で原爆関係の映画を上映しながらヨーロッパの各地を転々としていった時のものです。現地のいろんな団体と一緒に核兵器反対のための集会を開いて、そこで日本から持って行った映画を上映した。そのかわり、滞在中の宿や食事、次の上映地への移動など、すべて現地の人たちに面倒をみてもらうという、ほとんど無銭旅行に近い旅でした。

(「なぜ、原爆の映画を持って行ったのか」の項)
 とにかく一度でいいから外国へ行きたくてたまらなかった。原爆反対をアピールする映画を担いでいって、各地で上映するということなら、いけるんじゃないかというアイデアをこの頃思いついた。

 日本人だって、終戦直前、広島と長崎に「原爆」が落ちたという事実は終戦直後から知っていたけれども、その被害の実態は、占領軍が記録写真や映像をすべて接収して秘匿していたので一般には伝わっていなかった。1952年の4月に占領が終わり、その約3ヵ月後に「アサヒグラフ」が「原爆被害初公開号(8月6日号)」を出し、すさまじい被害の実態を初めて明らかにしたんです。その号は、52万部を即日完売したといいます。

 原爆の恐ろしさというのは、活字で読んだだけではよくわからないものなんですね。ですからこの「アサヒグラフ」の特別号が具体的な写真として惨状を伝えた最初のものになる。

 翌1955年8月6日に第1回原水爆禁止世界大会が広島で開かれ、同年9月19日に原水爆禁止日本協議会(原水協)の結成へとつながっていくわけです。

 それからもうひとつは、ぼく自身が長崎の生まれだったということがあるんです。ぼくは二歳のときに中国の北京にわたっていたので、直接の被爆体験はないんですが、両親の知人の多くが被爆しています。

 立花氏自身は被爆者ではありませんが、出身地が長崎ということや周りに被爆者がいるということで原爆に対する知識が人一倍強かったのだと思われます。

(「8月6日 広島」の項)
 写真についてはかなり早くから、土門さんの『ヒロシマ』(1958年研光社)からお借りしようと決めていたんです。まだあの写真集のインパクトがものすごく大きく日本の社会に残っていた。いわばあの写真集でわれわれは、日本人が原爆を知っているようで、実は何も知らなかったということを思い知らされた。

 しかし、ぼくは広島へ行って驚いた。これはいけない、と狼狽した。ぼくは「ヒロシマ」を忘れていたというより実は何も知っていなかったのだ。13年後の今日もなお「ヒロシマ」は生きていた。焼夷弾で焼きはらわれた日本の都市という都市が復興したというのに、そして広島の市街も復興したというのに、人間の肉体に刻印された魔性の爪痕は消えずに残っていた。それは年ごろになった娘たちの玉の肌に、消せども消えないケロイドとして残っていた。それは被爆者の骨髄深く食い込んで、流血機能を蝕み、日夜、数万の人々を白血病の不安にさいなんでいた。それは13年前の被爆当時よりはむしろ陰険執拗な魔性を人間の上にほしいままにしていた。「ヒロシマ」は生きていた。それをぼくたちを知らなすぎた。いや正確には、知らされなさすぎたのである。

 私たち、被爆者にとって脳裏から離れることのない恐怖と惨事です。

(「映画の上映」の項)
 「原爆の子」だけは外国上映用のバージョンで英文のスーパーを入れたものだったんです。それは原爆の被害なんて、欧米の人はリアルには何も知らないわけだから、写真や映画をいろいろ見せられたらショックですよ。とくに亀井文夫の「世界は恐怖する」で放射能の恐ろしさを科学的に見せつけられ、土門さんの写真で、原爆のいちばん深刻な被害の問題は、何年も何十年も続く後遺症の問題ということがわかると、これは他の兵器の問題と同列には考えられない問題なのだということがわかってくるわけですよ。

 映画では、新藤兼人の「原爆の子」が受けましたね。英語のスーパーが入っているからみんなわかるし、なんといっても、一つの映画作品としてよくできていて、説得力がありました。これは実は、できた当時、イギリスのアカデミー賞の「国連賞」というのを受賞していたから、ある程度知っている人は知っていたんです。それに新藤さんの「裸の島」という作品がベルリン映画祭で銀賞を取って間もないときでしたから、新藤監督の名前は、ヨーロッパの映画好きの人々の間では知れ渡っていたんです。

(「旅がもたらした認識」の項)
 日本の政治活動というのは、口では民主主義を唱えながら、全然民主的じゃないんですね。共産党にしろ、中核、革マルにしろ、その組織の内部はほとんど天皇制に近いものになっていくようなところがある。ヨーロッパの伝統ある政治運動や市民運動とはスタイルも人間も発想もまったく違う。日本の政治運動はどこか根本的におかしなところがある。そう感じたので、その後の日本の左翼的な活動からは完全に切れてしまったんです。

 旅を通して、身体で、感性で全ての五感で得た人生観を披露してくださっています。世界観の構築は「『旅もまた』じゃなくて、『旅が』ですよ。人間すべて実体験が先なんです」としめられております。被爆者にとって、ヨーロッパに原爆、被爆を伝えてくださった初めての人であると思います。
 被爆60周年を来年に迎えるにあたって、もう一度、原点である広島、長崎の足元を、派手なパフォーマンスではなく、被爆者の声にならない心の思いを正確に世界へ発信することを考えるべきではないでしょうか。

(※12月27日追加2(「三位一体改革」とは)

 「三位一体改革とは?」…今さらながらと思われるかもしれませんが、よく質問を受けますので取り上げました。
  「三位一体改革」とは、地方の自己責任と自己決定に基づいた行政サービスの提供といった地方分権の推進にあたって、地方自治体の財政基盤や自立性の強化を実現することが目的です。
  「三位一体」とは、もともとキリスト教用語で「神と子(キリスト)と聖霊は同一不可分」を意味し、そこから「3つの要素が互いに結びついていて、本質においてはひとつである」という意味に使われています。
  つまり、「国から地方への税源の移譲」「国庫補助負担金の削減」「地方交付税の見直し」の3点を同時に行うというのが狙いです。

(※12月27日追加3(市民球場の改修))

 サンデー社出版の中嶋忠三郎著の『西武王国』という本の中に「西武ライオンズ球場誕生秘話」が書かれています。その中の「ドジャース球場を模倣」の一部を紹介します。

 電光掲示板を初め球場の施設をいろいろと見学したが、ふと椅子に坐ってみるとこれが実に坐り心地がいい。調べてみると、その椅子はアメリカン・シーティング社製であった。「これと同じ椅子を西武球場に使ったらどんなに素晴らしいことだろう」

 「王さん、球場の観客席の椅子は、どんなものがいいですか」と尋ねると王選手は、「そうですね、色について言えば、全部同じ色がいいですね。プレーし易いと思いますよ」と答えた。

 後楽園球場の観客席の色は、その頃、まちまちであった。場所によって、オレンジであったり、ブルーであったりしていた。現在の西武球場の観客席の色は、全部グリーン一色であるが、これは王選手のアドバイスが活かされたのだと思う。

 連日、新球場建設が話題になっていますが、もし、仮に単なる改修だけに終わることになるようであれば、観客席のシートとロッカールームなど諸施設の大幅な環境改善を早急に進めるべきだと思います。

 また、新シーズンを迎えるにあたって、本当に広島東洋カープのことを思うのであれば、球場建設問題とは別に、カープのサポーターを募り、市民球場でカープを応援するファンを一人でも多く作ることが急務ではないでしょうか。このことが、球場が早く出来る環境にもなり得ると思います。