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(No.128) 平成16年11月15日 
            『国産旅客機復活と西飛行場』


 『翔べ!YS−11(横倉潤著)』を読みました。40年前に開発された日本初の「メイド・イン・ジャパン」は、今も世界を飛び続けています。試作2機と量産180機の全軌跡を綴ったこの本は、まもなく日本の空から消えようとしている「YS−11」の航跡、つまりは日本の技術力を惜しむ著者の気持ちが手にとるように感じられました。

 そういえば、旧広島空港(現在の西飛行場)は、西日本全域を結ぶ東亜航空の拠点でした。「YS−11」をはじめ、主翼が胴体の上から両サイドに伸びているオランダ製の「フレンドシップ」などがローカル線の空の足として活躍していました。空港も利用者だけでなく、児童や生徒など見学者で賑わっていたのを思い出します。

 「YS−11」の名前は、開発の中心となった「(財)輸送機設計研究協会」の輸送機の「Y」と設計研究協会の「S」、エンジン候補番号10案の「1」と基礎設計における機体仕様候補番号1案の「1」から命名されたようです。昭和37年に初飛行に成功したわけですが、2年後の東京オリンピックの年に聖火を運び、後に「オリンピア」と名づけられた機種もありました。

 最盛期は海外でも数十機が活躍していたYS11も退役の日が近づいているようです。この名機は日本の航空工業の技術を高め、商業的には成功と言えなかったものの、その功績は日本の航空技術を世界に誇示したものと思います。

 私は、このホームページで過去3回にわたって広島に航空機産業を起こすべきではないかということを書きました(No.41、No.59、No.75)。国が国産小型ジェット旅客機の開発に乗り出したことに合わせ、広島の実績(三菱重工広島製作所によるボーイング777の胴体組立)、広島の技術力(自動車産業での蓄積)、広島西飛行場の存在(テストフライト等)の他、三菱重工広島製作所と広島西飛行場が近接していることの優位性(名古屋の小牧は宇宙産業で発展すればいいし、広島は航空機を根づかしてほしい)から、潜在的な力はあるのではないかということからの提案です。

 11月4日の中国新聞にも次のように書かれています。
 「日本企業の信頼性はこの上ない」。9月、横浜市で開かれた国際航空宇宙展で、ボーイングのベイスラー副社長は日本の技術力を持ち上げ、開発中の次世代中型旅客機7E7に欠かせないパートナーだと強調した。
 7E7開発では、10月に三菱重工業、川崎重工業など3社が機体の35%を担当することで合意。現在就航している777の21%を上回る。エンジンでも三菱重工業、石川島播磨重工業などが開発に加わる。
 エアバスが進めている大型機A380の開発でも、富士重工業が垂直尾翼、三菱重工業がドアの一部など多くの国内企業が参画している。

 前述したように、昨年、経済産業省と業界が協力し、2007年度の完成を目指して500億円の国産旅客機開発計画をスタートさせたわけです。エンジンが英国社製だったYS11と異なり、エンジン開発も並行して進めるようです。

 確かに、採算性などリスクが伴う事業ですが、開発の素地を持っている広島は、今まさに動くときではないでしょうか。自動車メーカー大手のトヨタもホンダも米国では航空機産業の可能性にチャレンジしているはずです。広島産の小型ジェット旅客機が、現在の広島西飛行場からテイクオフするのを心から夢見るものです。