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(No.122) 平成16年10月 8日 『9月議会を終えて』

 10月5日の未明にようやく9月議会の全ての案件を終えることができました。平成4年6月議会以来の会期延長(1日)を行い、午前0時過ぎからの常任委員会、引き続く本会議、終了時刻は午前3時20分と異例ずくめの議会でした。議員歴22年目の私にとっても、会期延長はともかく、深夜の会議開催は初めての経験でした。

 今議会の焦点は何と言っても高速道路整備予算の行方でした。市長は、後の記者会見で「一般質問のやりとりで議会の意向は分かった」と発言していましたが、もし、それが本心であり、そのことを公式の場で発言するのであれば、9月29日の午前中に全ての一般質問が終わって、12時過ぎから開かれた議会運営委員会の席上で追加提案されるのが『常識』『良識』ということであったと思います。

 そもそも今定例会の当初に道路予算を提案しなかったことについて、多くの人は「6月議会における否決(修正可決)の理由を市長自身が理解していないということが不思議でならない」と思っていましたし、また、一般質問が終わる頃には、「市長はもともと道路整備は嫌いなのだ」「公共事業見直し委員会の学者連中から止められているのだろう」「高速1号線のトンネルの地盤沈下問題で激怒しているから判断が鈍ったのだろう」といった声も多く聞かれました。

 そうした時、先の議会運営委員会で口をついて出てきたのが『賭け』発言であったわけです。市長は、さらなる引き伸ばしの理由を何にするかの思いの中で、道路予算には何も関連のない『賭け』という言葉を使って、彼一流の表現をしたわけです。市民、読者、視聴者が『賭け』という言葉でいろいろ想像し反応することで議会が混乱することを期待していたものとしか思われませんし、これまで何度となく繰り返された市長独特の責任回避の姿であろうと思われます。

 広辞苑によりますと、『賭け』は「勝った方が取るという約束で勝負事に金品を出すこと。運を天に任せて思い切ってする勝負や行動」とあり、また、『賭博』は「金銭・品物を賭けて勝負を争う遊戯。かけごと。ばくち」とあります。
 市長は、市民の皆さんに『賭博』のイメージで理解してほしかったのではないかと思います。これは、ゲームとギャンブルとの差であり、日本国ではギャンブルは法律上許されていないことから、悪の発信源が議会であると言いたかったのではないでしょうか。

 こうしたことが、9月29日の議会運営委員会とその後の記者会見での発言に繋がっているのだと解釈されます。
 月村議員は、10月4日の道路予算追加提案後の質疑で、あまりに軽はずみな発言をしたことに対して説明と釈明を求めたのですが、市長が、自らの発言に責任を持って答弁しないために、議会が紛糾し未明の議会へとなったわけです。いかに、自身の言動に責任を持っていないか、お分かりいただけると思います。

 あるホームページを引用します。
 歴史学者のジャン・ドリュモーの『恐怖心の歴史』という本には、「英雄とは恐れなかった人ではなく、恐れを克服した人である」という指摘があるそうです。また、この言葉を引用した『組織変革のビジョン』(金井壽宏著)という本には、「変革するリーダーとは恐れなかった人ではなく、恐れを克服しようとした人であると言える」と書いてあるそうです。

 そのホームページの結びには、「恐れるということは実態を正確に把握していないとできないことである。その上で変革する必要があると判断すればそれに向かって恐れを克服することができる人こそ、リーダーの資格がある人なのであろう」とありました。
 皆さんは、9月議会における「市長の行動」と「リーダーの資格」を照らし合わせてみて、どのように感じられますか。