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(No.118) 平成16年7月28日
             
『「さらば小泉純一郎!」を読んで』


 天木直人(前駐レバノン特命全権大使)著の「さらば小泉純一郎!(講談社)」が書店を飾っています。ベストセラーとなった「さらば外務省!」に続く第二弾です。
 私は、この天木直人氏が、アメリカ・デトロイトの日本国総領事の時、自動車産業の世界のビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)とのビジネスマッチングをつくられたものと理解しています。秋葉市長が先便を付けたと発せられていますが、日本代表としての駐デトロイト総領事、天木氏の広島市への思い入れやビッグスリーとの繋がりがなければ、巨大自動車産業のトップが耳を貸してくれることもなかったでしょう。

 この天木氏とのパイプ役が、経済局企業立地の前田中課長であったのです。
 彼の努力で、技術力はあるが営業機会に恵まれなかった広島の自動車関連産業が、バブルがはじけた暗い世相の中に一本の光を見出す大きなチャンスを得たものと理解しております。
 しかし、彼にとっては、事業開始当時の張り詰めた緊張が解け、全てに油断が生じたとき事件が起こったのでしょう。当初から事情を知っている私にとっては、田中君が寄せた手紙の文中「このたびの事件で一番悔しいことは、市長や助役、局長が誤ったマスコミ報道に対して全く反論しないことに憤りを覚えるだけでなく、情けなく、ここまで一生懸命仕事をしてきたのに…と裏切られたような気がいたします。」という言葉が、これ以上ないやりきれなさを訴えてきます。

 天木氏は山口県の出身ですが、デトロイトの総領事から2001年2月に駐レバノン日本国特命全権大使に着任される準備の間、山口へお帰りの折、広島へ寄られました。大使の好きなゴルフを4人で楽しんだことが思い出されます。
 田中君が天木さんの後を追うような人生を今送っているようで、お二人のこれからの飛躍を心待ちしております。

 この天木氏の著書から、どことなく誰かに似ている箇所を転載させていただきます。
 まず、「いじましい権力欲」の中からです。

 彼の倣岸さの背後には常に「俺は選挙に勝ったんだ」という思い上がりがある。「国民の支持をいただいているので、私の政策は国民の了解を得ていると思います」これが首相の口癖だ。
 自衛隊のイラク派遣の是非を問われても、日本がテロの標的にされた責任を問われても、「選挙で支持をいただいている」を誇らしげに繰り返す。「なんだかんだ言っても国民は俺を支持しているじゃないか。俺の政策に反対なら支持しなきゃいいじゃないか」と言わんばかりの強硬姿勢を続けている。
 だが、自らの虚勢がどれほど脆弱なものかということにいちばん気づいているのは、当の小泉首相自身のはずである。おそらく彼は総理の座を手放した途端、政治に興味をなくし、政界から身を引くのではなかろうか。それほど、彼の政治姿勢からは、国のために働きたいという志が感じられないのだ。

 この文中の小泉総理と国を、市長と広島市に置き換えると、まさに今の広島市の状態を表しているのではないでしょうか。

 次に、「『さらば外務省!』を世に出す」の冒頭です。

 私は勇退勧告を北島信一官房長に告げられた時点で、拙著『さらば外務省!』の執筆を決意していた。負け惜しみを言うわけではないが、私には彼ら出世コースをひた走る連中に対する劣等感は微塵もなかった。彼らは時の権力にうまく取り入り、要領よく仕事をこなしてきただけのことである。
 それができない不器用な自分が、保身と打算で固められた官僚の世界で評価されないことは自覚していた。しかし、ここまで非礼な形で退職を迫られた以上、自分にも考えがある。いかに外務省というところが劣化し弛緩しきった組織であることが、自分がこの目で見てきた実態を世に知らしめようと思った。
 書き進むうちに、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。次から次へと過去の記憶がよみがえり、一気呵成に原稿を書き上げてしまった。

 この中で、私(天木氏)を広島市の前田中課長に置き換え、外務省を広島市役所に置き換えると、今の広島市役所の姿が鏡に映し出されるのではないでしょうか。
 田中君にも感情の嘔吐を求める者の一人です。田中君が出版を予定している『見えざる悪魔(仮題)』で真実が暴かれることを皆さんと共に期待するものです。

 次は、「『敗北を抱きしめさせられた』日本」の書き出しです。

 米国はイラクの戦後統治を始めるに際し、しきりに、日本占領を成功例として引き合いに出す発言を繰り返した。開戦当時、バグダッドを震撼させた「衝撃と畏怖(shock&awe)」作戦のモデルは、広島と長崎の原爆投下にあったと言われている。
 日本に対する占領政策がかくも首尾よく行われたのは、米国の圧倒的な軍事力が日本国民から反抗心までも奪い取ることに成功したからであり、そして、同じことを今回のイラクにも行ったというのである。

 言葉に言い表せない原爆の悲惨さを体験している広島市民に今年の8月6日がすぐそこに迫っています。
 核や戦争のない平和な時代の来ることを心から望むものですが、まず足元の広島市に安定と安寧が訪れるよう最大限の努力をすることが市長の一番の仕事ではないでしょうか。
 市民を信じ、部下を信じ、一歩一歩着実に市政に取り組まれることを心から望むものです。市民の皆さんはいかがお考えですか。