私の思い まちづくり・経済・交通 総務・人事 議  会 教育・文化
福祉・医療 平和・交流 その他 総合メニュー

(No.112) 平成16年6月4日 『ビジターズ倍増について』

 企画総務局(都心活性化推進室)が「ビジターズ倍増に向けて―千客万来の広島の実現―」という資料を策定され、6月2日の都市活性化対策特別委員会で報告されました。私も一読しましたが、特に目新しい発想も感じられず、また、広島が今後どのように変わっていくのかという期待感も持てないというのが偽らざる印象です。

 まず、資料の冒頭で、この計画の空虚さを味わうことになりました。それは基礎データの信憑性に起因します。
 来訪者数についての箇所ですが、「広島市の来訪者は、広島都市圏パーソントリップ調査(昭和62年(1987年)から3ヵ年で実施)のデータのうち『通勤、通学、帰宅』目的を除く『買物、飲食、娯楽、その他』目的の人数などをもとに、平成13年(2001年)で1日約10万人、年間約3,700万人と推計しました。VI戦略では、この来訪者数を平成22年(2010年)に約2倍の年間約7,000万人にすることを基本目標に掲げています」という説明をされています。

 いくつかの疑問点を感じるわけですが、まず一つ目は、基礎データが1987年と今から17年前の調査をもとにしているという点です。しかもこの時期はバブル経済の最盛期です。データを補正しているのかとも思いましたが、その記述もありません。一番肝心な基礎となるデータがこれでは、その目標も不明確になります。
 二つ目は、「『通勤、通学、帰宅』目的を除く『買物、飲食、娯楽、その他』目的の人数などをもとに」とありますが、これは、広島都市圏在住の人の一日の行動を数値にしたに過ぎません。つまり、来訪者(ビジターズ)ではなく、都市生活者の活動指数でしかないのです。
 これらをベースに「平成13年(2001年)で1日約10万人、年間約3,700万人と推計」しているわけです。このような推計数値が本当に信用できるものなのでしょうか。この計画を見て空虚さを感じるのは私一人でしょうか。もっと真剣に取り組んでほしいものです。

 わが国では21世紀に入って「観光」が注目を浴び始めました。小泉首相がメールマガジンで「外国人観光客倍増計画」を打ち出し、実現に向けて「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を始めたのも2003年3月です。
 それまでの観光振興が開発・施設整備と国内消費の増加による内需拡大を狙っていたのに対し、現在は、むしろ環境保護と外国人観光客誘致による国・地域づくりを基本に据えているようです。
 こうした違いは、バブル時代の乱開発とその後の事業破綻に対する反省から生じたものでしょうが、これらを教訓として生かしていくためには観光を経済活性化や人口減少社会の克服策、あるいは地域の街づくりにつなげられるような施策が必要ということだと思います。
 しかし、実のある施策展開をしていくためには、こうした施策に官のサービス、民のサービスを有効に輻輳させていくべきだと思います。

 「観光革命−スペインに学ぶ地域活性化(額賀信著:鰍ソばぎん総合研究所取締役社長)−」には、スペインの観光の戦略が掲載されていますので紹介します。

 スペインの観光は国策として推進されているという以上に、各地方自治体により、その地域の最も重要な経済政策の一つとして、地域ごとにそれぞれ独自の判断に基づいて展開されている。
 例えば首都マドリード市は、マドリード州、商工会議所と常に連携をとり、文字通り官民一体となって観光客等の誘致活動を展開しており、毎年約30回、世界各国に誘致団を派遣している。
 マドリード市観光の特色は、その訪問客の65パーセントがビジネス客である。このため誘致活動はビジネス需要に照準を当てたものが多く、会議、セミナー商品フェア等をマドリード市で開催してくれるよう各国に働きかけることが中心となっている。
 スペイン第4の都市セビーリャ市も観光需要の多様化を狙って文化観光、ビジネス客誘致に力を入れており、マドリード、バルセロナに追いつきたいとして2004年には約30回に及ぶ海外誘致活動を予定している。
 漫然と誘致活動をしても効果は乏しく、目標となる国、観光客をあらかじめ明確に設定し、それに見合った誘致団を編成し、それぞれの観光客に好まれそうな旅行プランを提示することが必要である。

 国の施策としての「外国人観光客倍増計画」をもとに広島市が「ビジターズ倍増計画」を策定されたのであれば、小手先だけ、口先だけの施策ではなく、官民挙げて戦略性を持った展開がほしいものです。
 メセコンのストップや貨物ヤード跡地の頓挫、釜山航路の休止などビジターズ倍増にはあまりにマイナス要因が多い広島にとって、観光プロモーションの展開はより強力に進めるべき施策です。例えば、広島市だけでなく広域連携を密にし、アジア地域にターゲットを絞った誘致キャンペーンが望まれます。

 秋葉市長は4月18日から5月1日までアメリカ、カナダを出張されました。同じ時期、4月20日から21日に台北の中華航空本社を訪れられた藤田県知事は、6月2日からの広島−台北線(週3便定期便)を実現されました。多事多難な折です。アクションプランは、このように目に見える形で、また肌に感じられる成果がほしいものです。

(追伸1(最近の市の動きについて))

 最近の市の動きを見ていますと、介護が必要な人を抱えている家庭を連想します。毎日、懸命に介護しているのは生活を共にしている人です。
 普段介護をしていない人、つまり兄弟や親戚またその友人は、たまに介護の手伝いに来て一寸だけの経験で、毎日介護をしている人に対して不平や不満、時には悪口や欠点を口にします。
 介護されている人は、この人を天使のように思うことでしょう。そこから、毎日共に生活している家庭に波風が立ち、悲劇が始まるのです。
 最近の市の動きを見てこのような危惧をいだいてしまうのは私だけでしょうか。

(追伸2(市長のブレーンについて))

 秋葉市長は、広島市の顧問に新たに「横山禎徳(よしのり)」氏を就任させる考えのようで、この6月議会に関係予算を提案されるようです。
 顧問に関する詳しい内容はここでは申し上げませんが、同氏を含め最近市長の回りを固めている人物のプロフィールを見ると、同一性を感じざるを得ません。年齢、学歴、職歴…これらは、ある共通の接点でつながり、同じような環境のもとで、同じような感性をもって生きてきた人たちの集まりといった印象です。皆さんはいかが思われますか。


秋葉忠利(61歳)
  広島市長
1942年(昭和17年)11月3日生
1966年(昭和41年)3月 東京大学理学部数学科卒業
1968年(昭和43年)3月 東京大学大学院修士課程修了
1970年(昭和45年)3月 マサチューセッツ工科大学
大学院博士課程修了


横山禎徳(61歳)
  株式会社産業再生機構非常勤監査役
  オリックス株式会社社外取締役
1942年(昭和17年)9月16日生
1966年(昭和41年) 東京大学工学部建築学科卒業
1972年(昭和47年) ハーバード大学デザイン大学院
(都市デザイン・建築修士)修了
1975年(昭和50年) マサチューセッツ工科大学
経営大学院(経営学修士)修了
1975年(昭和50年) マッキンゼー・アンド・カンパニー入社
1987年(昭和62年) ディレクター就任
(内1989〜1994東京支社長)
2002年(平成14年)6月 同社退職


中村良三(62歳)
  広島高速交通株式会社代表取締役社長
1942年(昭和17年)4月8日生
1965年(昭和40年) 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1967年(昭和42年) 早稲田大学大学院修士課程修了
1973年(昭和48年) 早稲田大学大学院博士課程修了
1980年(昭和55年) 早稲田大学大学院講師
1993年(平成 5年) 早稲田大学理工学総合研究センター
客員研究員


地井昭夫(63歳 ※H16.1.30現在)
  広島国際大学住環境デザイン学科教授
1969年(昭和44年) 早稲田大学大学院
理工学研究科・都市計画博士課程修了
1987年(昭和62年) マサチューセッツ工科大学 非常勤講師


山崎芳男
  早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
1968年(昭和43年) 早稲田大学理工学部電子通信科卒業
1970年(昭和45年) 早稲田大学修士課程修了


五十嵐敬喜(59歳 ※H16.1.30現在)
  法政大学法学部教授
1944年(昭和19年)生
1966年(昭和41年) 早稲田大学法学部法律学科 卒業


大前研一(61歳)
  潟rジネス・ブレークスルー代表取締役
1943年(昭和18年)2月21日生

早稲田大学理工学部卒業
東京工業大学大学院
原子核工学科修士課程修了
1970年(昭和45年) マサチューセッツ工科大学
大学院原子力工学博士課程修了
1972年(昭和47年)9月 マッキンゼー・アンド・カンパニー入社
1979年(昭和54年)7月 同日本支社長
1981年(昭和56年)7月 マッキンゼー本社ディレクター
1994年(平成 6年)7月 同社退職