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(No.98) 平成16年2月25日 『公共事業の見直しと議会について』

 このホームページへのアクセスも、昨日2月24日をもって10万件を突破しました。記念に何か特別なことを…とも思いましたが、やはり市民の皆様の最大の関心事である公共事業の見直しを中心に、関連する議会のあり方について述べることにいたします。

 前回、公共事業見直し委員会の五十嵐敬喜氏の著書を紹介しましたが、同氏は議会についての本も書かれています。『議会(官僚支配を超えて)』や『議員立法』という本です。
 この本を読んで思うことですが、「議会を改革し活性化すべき」との意見には基本的に賛成です。施策を実施するか否かを最終的に決める議決権を有している議会は、その重要な機能に鑑み、議論の府として当然ながら活性化させなければなりません。

 しかし、国会と地方議会の本質の違いを分からないまま議員立法を主張されていることには異議があります。例えば、アメリカが、立法は議会だけに限られているからといって、同じ大統領制の地方の議会において、今の体制で議員立法しろというのは実態を知らないまま思考だけが飛躍しすぎています。
 これは、議員や議会事務局の政策立案スタッフの充実という体制だけの問題ではありません。仮に、現在の財政危機の中で議会関係の人員増が認められたとしても、真の意味での体制強化にはならず、名ばかりの政策立案スタッフになる心配があります。

 私は、むしろ現在の体制の中で、執行部の行っていることが本当に市民の立場に立ったものであるか、きちんと政策評価や行政評価を行い、質問や意見をぶつけるところに地方議会本来の意義を見出すべきと考えています。
 敢えて議員立法という形をとらなくても、結果的に議員からの提言や示唆が、議会での議論を通して、長の提案という形になってもかまわないのです。要は、最終的に集約された市民の意見が政策として結実すればいいわけであり、本市の暴走族追放条例の制定がいい例です。
 このように議会のあり方を形式だけで論じるのはいかがなものかと思うわけです。

 それから、五十嵐氏は現体制を全て頭から否定する革新社会の主義主張に偏っています。先ほどの議会を論じる件でも、やはり「公共事業は全て『悪』」ということからスタートしています。「公共事業を全て白紙にして、美しい都市を…」というのは、凝り固まった一個人の理念なのでしょうから、いくら反論しても仕方ないのでしょう。自治体が、住民のために国や関係機関との連携のもとに進めている過去の経緯を全て否定することは、学者にとって何ら抵抗はないものです。

 また、同氏は文中で、国の行政サイドのある委員会を批判され、「行政の思うがままに進めようとする委員会だ」との論評も付け加えられています。にもかかわらず、今広島で行われているのは、行政のトップが思うがままに進めようとしている少数の委員会決定に基づく独断専行の行政です。
 もちろん委員会を運営しているのは市であり、五十嵐氏にその責任はないのですが、秋葉市長が五十嵐氏の考え方に影響されているのは事実です。秋葉市長の政策バイブルが、五十嵐氏の著書であることは間違いなく、市長個人の特色は何もないといっても過言ではありません。

 広島市で行われている独断専行の行政とはどういうことか申し上げます。
 行政が、新規の事業を推し進めようとするときは、条例や予算を成立させる上において議決権が及ぶため、議会に配慮し、念入りに物事を進めようとします。しかし、事業を撤退するときは全く別の動きです。直接、議会の権限が及ばないことから安易に事務を遂行させています。
 今回の公共事業の見直しにかかる予算案のように、「市の方針=『中止』又は『一旦中止』」として「予算に計上しない」こととすれば、行政側トップの意思だけでこれまでの方針を変更することもできるのです。
 市の基本構想や基本計画に位置づけられている市政の基本的な方向を転換することであっても、議会の意見を聴くことは一切せず、「議会は機能していない」と勝手な理屈をつけて、議論そのものを放棄しています。

 分かりやすく申し上げますと、「国道2号高架」は市長ただ一人の判断で中止することも遅らせることもできますが、「下水道料金の値上げ」はそういうわけにはいきません。だから、あれほど嫌っていた議会への根回しも、今回に限って市長自らが行ったわけです。
事業を推し進めるときと同様に撤退するときも、市政の根幹に関わる重大な事項は、議会の場で議論して方向を見極める姿勢をとらなければならないのです。


 それと、五十嵐氏は本の中で、「公共事業をやめて福祉にまわせ」と言っていますが、当面の福祉への財源はあるとしても、将来的な福祉財源はどうするのでしょう。まさに、革新政党が言っていることと同じ主張であり、広島は平成16年度予算を持って、今まさに革新自治体に埋没しようとしています。
 世間では、バブル崩壊後の空白の10年といわれていますが、広島は秋葉市政のせいで空白の20年になろうとしています。
 今回の中止決定をそのまま「ハイ、そうですか」というのでは、市長の言うように「議会は機能していない」ことになります。この2月議会は「議会の機能」を示すかつてない重大な議会であることを心して臨むつもりです。