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(No.68) 平成15年8月28日 『電子投票について』

 8月24日の読売新聞に「電子投票−普及進まず」の記事がありました。地方選導入から1年半が経過したにもかかわらず、思うように導入が進まないこと(全国でまだ6例)に加え、住民が選挙の無効を申し立てるというトラブルなど、昨年の9月に広島市議会で議論されたようなことが現実に各地で起きているようです。
 以下、紙面を抜粋して、問題点を紹介します。

電子投票の長所は、自書式に比べ開票時間は大幅に短縮され、自書式にありがちな疑問票などが避けられ、人件費は抑えられる点である。
一方、短所は、機器のレンタル料がかさみ(国の補助はある)、コストは割高になる。今春の市議選で導入を目指した福岡県八女市と大分県中津市は「財政事情」を理由に議会で条例案を否決した。
東京都は2002年8月に「電子投票補助金交付要綱」を定め、国の半額補助に加え、都が4分の1を負担する制度を導入したが、市区町村の利用例はない。その要因の一つが、電子投票そのものに対する信頼感の問題だ。
この12月からは不在者投票にも電子投票が導入できるようになり、総務省は導入促進に望みをつないでいる。


 確かに、投票がすべて電子化されれば開票作業は飛躍的に効率化されるのでしょうが、機器は年々歳々更新されるものであり、コストの割高は将来も続くと思われます。また、国も財政状況悪化の折、補助金がいつまでも続くとは限らないでしょう。機器化、効率化、時間の短縮の利点は確かに認められますが、結局のところ、機器メーカーの利益が優先されているように思うのは私だけでしょうか。

 電子投票の導入は、国の政策の先取りであり、広島市議会での議論の最中は多くの注目を集めましたが、今になって思い返すと、何故あれだけ性急に導入したのか疑問に思う人が多いと思います。
 将来的に全く無意味な施策とは言いませんが、人気取りの施策を市税を使って先行的に「社会実験」していたとしか思えません。

 早稲田大学の田中教授(政治学)は、「電子投票−安易な導入、民主主義壊す」と主張されています(昨年8月の朝日新聞)。同教授は「安易な形で電子政府の実現だけを目的とするような電子投票の実施は、大きな問題を生む」とし、「いかに電子技術が進歩してセキュリティを高めようとしても、データ管理者が知ることができるのでは、投票の秘密は守られない」と電子投票の致命的欠陥を鋭く指摘しています。また、「本当に権力を狙う者は、何十年かけても中央の選挙管理データ管理者を養成し、ある時に全国の投票結果を電子的に一気に改ざんするだろう。物理的検証手段が残されていなければ、上書きされた選挙結果を信じるのみである。もし、国民が選挙結果を直感的に正当な結果として信用しなくなれば、日本の民主主義の正当性は崩壊する」と警告しています。

 また、徳島文理大学の高橋教授(元NHK)も、同様に電子投票の信頼性について鋭く指摘されています。これは、8月26日、私が受講している『政策担当秘書研修』の中で、直接講義を受けたものですが、同教授は『政治改革』と題して、「日本人は善意の発想で機器は正確であるとの認識を持っているが、悪意の操作にはもろいものである」「タッチ方式の現行機器では投票回数も簡単に数を増やすことも出来るだろうし、ウィルスにもハッカーにも無防備だ。また、コンピューターはサボるし、よく居眠りもする」「信頼度が完全でないものを選挙に使用するのはおかしい」と述べられていました。

 電子投票については、民主主義に照らしてどうあるべきなのか慎重な検討が必要なのであり、あまりに性急すぎた広島の電子投票について、こういった観点からの検証が必要だと思いますが、皆さんはいかが思われますか。

  (追伸(キング牧師の言葉))

  「アイ・ハブ・ア・ドリーム(私には夢がある)。」
 故キング牧師(米国の黒人公民権運動指導者)の有名な演説を生んだワシントン大行進(40年前)を振り返り、同志が語った「あの日」の思いが8月24日の読売新聞に掲載されていました。
 内容は省略しますが、このキング牧師や、当時のケネディ大統領、それからリンカーン大統領も、国のため、人民のため、命がけのギリギリの選択をせまられた時に、イデオロギーとか言葉の遊びではなく、心の底から沸いて出てきた言葉を発せられたのであり、それが世界の人々の心を打っているのだと思います。
 これら先人の思いを純粋に受けとめられるようになりたいものです。