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(No.61) 平成15年7月18日 『平和関連予算』

 
平成6年7月に、当時の広島市立大学の田中学長を座長に「ひろしま新世紀都市ビジョン懇談会」が設置されました。その中で掲げられた都市づくりの構想を、不死鳥フェニックスのごとく廃墟の中から蘇り新しい価値を育みながら未来へ羽ばたく広島にと期待を込めて「ひろしまフェニックス21構想」と呼ばれています。この構想が「国際平和文化都市」を実現していくための近未来の行動目標としてのビジョンになるよう指針を示され、それを受けて「ひろしま新世紀都市ビジョン」が策定されたわけです。
 これは、被爆50周年の節目から、次の時代に向けて広島市がどのように羽ばたくのかという指針であったはずです。そのため、副題として、『2020年に向けての都市づくりの行動目標の理念』とありました。

 この基本方向、行動目標が全てであるとは思いませんが、秋葉市政が2期目になっても、行政と議会が合意して一定の方向に進んでいく指針も目標も提示されないままに広島市が歩いているようです。コンパスのない船や飛行機が航行しているようで何とも危なっかしい気持ちになるのは私一人でしょうか。

 市長の発言の中で一番多いのが、核廃絶であり、平和問題です。
 皆さんは、財政逼迫の中、広島市の平成15年度の平和関連予算がどれくらいあると思われますか。広島人としてタブーな項目ではありますが、私自身が被爆者ということでお許しいただき敢えて申し上げます。
 まず、平和文化センターの予算は約20億5,700万円です。内訳としては、被爆体験継承普及事業等の4億8,700万円や平和記念資料館等の管理受託などの14億3,400万円があります。
 次に、平和研究所の予算は約2億6,900万円で、内訳は、研究活動費6,500万円や施設管理運営7,900万円と人件費約1億2,000万円(12名分を試算したもの)です。
 そして、その他に、市行政独自の予算として約2億8,600万円があり、これには、被爆体験の継承2億7,800万円や市民がつくりだす平和の推進240万円などがあります。
 以上、平和文化センター、平和研究所、市の独自の予算を合わせると、総額は約26億円を超える額となります。

 日本国民として、広島市民として、1人の人間として、平和は万人が希求している普遍のものです。
 私は、先にも述べました「ひろしま新世紀都市ビジョン」に掲げている「平和をつくりだすまち」と、現在進められている平和関連の施策は、その基本的方向が少し違っているのではないかと思います。
 それといいますのも、従前の施策は、平和の取り組みとともに、人類共存のための種々の問題に取り組む『世界に輝くまち』をめざすといっているように、地に足の着いた施策であったように思います。現在は、表舞台で核廃絶を訴え、駆けまわることに主眼を置いた浮ついた行動のように思えてなりません。

 今年も8月6日がやって来ますが、この熱い8月6日を目前に、被爆者が真に何を望んでいるのか、国家が行うこと、広島市がやらなくてはならないこと、これらを明確に分けなければならないと思います。そして、この不況の時代、市税収入も5年連続減少の時、言葉だけではなく全ての面で、市民のために何をすべきか目を向けて欲しいものと思います。


  (追伸(市政記者クラブ)))

 朝日新聞社の週刊誌「AERA」(7月7日号)の『石原慎太郎の作られ方』の記事を紹介します。

田中長野県知事は大手メディア中心の『記者クラブ』を廃止し、長野県主催の『表現道場』(現在は『表現センター』と改称)を立ち上げ、多くの市民運動から拍手喝采を浴びた。しかし、よく考えてみれば、『道場』とは道場主が弟子に術を教える場である。だから、そこでは、知事の話を聞きに来たマスコミ記者連中はみな田中表現道場主のご高説をうかがうというシステムの中に無意識のうちに組み込まれちゃう―とまあこれぐらい操作にたけている。

――広島の市政記者クラブが長野県の『表現センター』にならないように望むものです。

 また、同じ章の興味深い文を紹介します。

特筆すべきは、この二人(石原慎太郎、田中康夫両知事)に対する都民・県民の期待度(=変革願望あるいは幻想度)が、他の改革派知事に比べても格段に高いことだ。(中略)三重や鳥取は着実に進んでいるけれども、『創造的破壊』にはほど遠い。

因みに、『創造的破壊』を政治的スローガンに掲げたのは、1930年代デフレ不況下のドイツのヒトラーである。当時のナチスの選挙宣伝ビラにはこう書かれていた。『ヒトラーこそ、最後の希望である。国民は今や絶望しており、ただヒトラーという名前にこそ、新しい生活と新しい創造への道を求めている。』

別に二人をヒトラーに擬しているわけではない。昨今の漂流国家ニッポンの浮足だった時代気分を指摘しているだけだ。

――広島市政も、もっと開かれたものにならないと、人気にかこつけて独裁政治に陥るのではないでしょうか。

 6月25日の「ひろめーる第6号」に、『広島市が誇る市政記者クラブ』と題して市長が寄稿されています。

市政記者クラブを母体にして、多くの優れた『原爆記者』が生まれました。

――もちろん、市政記者は原爆記者であるだけではありません。広島市の活性化や行政のあり方、市民の生活などいろんな角度から市民と行政の橋渡しをしてくれています。
市政記者の皆さんも、くれぐれも利用されないよう、あらゆる角度から事象をとらえる目を持ち続けて欲しいと思います。