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(No.37) 平成15年2月21日 『水の都について』

 広島の河川面積はデルタ地域の約2割に相当するといいます。広島と同じように川と産業・人・暮らしが結びついて発展した大阪が約1割ですから、いかに広島が際立っているかが分かると思います。
 しかしながら、広島は、果たして「水」という資源を十分まちづくりに生かしているのでしょうか。平成2年に「水の都整備構想」が策定され、ここ10年、確かに護岸や河岸緑地はきれいに整備されつつありますが、日常生活において、市民が「水」を身近なものとして接し感じることができるのでしょうか。
 今年の1月に、新たな「水の都ひろしま構想」が策定されました。今後は知名度アップのためのソフト面の充実を重視されているようですが、ここでは「水の都」について、本来の都市再生の目的からすれば、将来にわたり広島の新たな財産となり得るような施策を講じることが必要であるということを踏まえ、水と共生する街づくりのあり方について、『水辺の賑わい』と『河川の管理』の視点から、私の思いを述べさせていただきます。

〜水辺の賑わい〜
 広島の河川の周辺が賑わっているのは、花見シーズンや花火大会、釣大会が開催されている時などに限られています。これは、今の河川は、かつての河川、つまり舟で物資を運び活気に満ちていた時とは違い、河川自体に賑わいをもたらす要素が見られないからだと思います。他の大きな要因が河川空間に注ぎ込まれた時、賑わいを創出させてくれているのです。加えて、広島の河川は、高い護岸が水辺と街を隔て、日常的に人々の足を向ける仕掛けに乏しいため賑わいが生まれてこないわけです。

基町環境護岸
「基町環境護岸」

 また、広島湾が瀬戸内海の最奥部に位置するため4m近い干満の差があり、そのため河川の護岸や河床の汚れが浮き上がってしまいます。いくら河川の清掃や浚渫をやったところで限界があり、川そのものを主役にできない致命的なマイナス点があると言わざるを得ません。
 市民がイメージしている「水の都」とは、例えばサンアントニオ(米国)やベネチア(イタリア)、アムステルダム(オランダ)のように街の中を川や運河が流れ、そこで人々が交流し、水辺側から街を眺め、楽しむことができるような「水」と一体感あふれる街ではないでしょうか。

サンアントニオ
「サンアントニオ」

ベネチア
「ベネチア」

アムステルダム
「アムステルダム」

 大阪の道頓堀川では「水の都」の再生事業として、まさに街の中を流れる川を中心に人々が賑わっている構想を描いています。「水の回廊づくり」と称して、水との関わりの中から新たな都市の魅力を創出していこうという事業です。

道頓堀川完成イメージ
「道頓堀川完成イメージ」

 干満の影響を受けやすい広島の河川で「水の都」にふさわしい河川にしようとすれば、実現性はともかく、例えば水門をつくって水量を調整し、満々とたたえた水域をつくるくらいのことをしなければ、河川そのものの本当の魅力は生まれてこないと思います。そして、水辺付近には水面とほとんど変わらない高さの遊歩道や、オシャレなカフェやレストランを設置できるような手法を検討する必要があるのではないでしょうか。
 北九州市の紫川では、河川整備や治水対策だけでなく、河川を中心とした水辺の公園といったイメージで整備を進めています。中でも、市民募集の斬新なアイデアをもとに、水と接する部分を箱形護岸にして、上部は商業施設と一体の水辺空間、そして下部の箱形護岸の中は多目的ホールにして河川を直接観察できる空間という行政ではなかなか思いつかない水辺を生かしたまちづくりとなっています。
 これまでのように、ただ単に街から川を眺めるだけでは絶対賑わいは生まれてこないと思います。

  http://www.zenken.com/hypusyou/zenkensyou/h12/zk_12_kyoudou02.pdf
  http://www.qbiz.ne.jp/cecera/mizukkan/main.html
        (↑クリックしてみてください。)

〜河川の管理〜
 広島市域の河川区域には約2,100隻のプレジャーボートがありますが(港湾区域や漁港区域も含めると約3,700隻。周辺地域も含めると約5,000隻。)、そのうち、約1,600隻以上が不法係留されています。この不法係留船は騒音や転覆に伴う油流出など様々な社会的問題を引き起こすだけでなく、大雨、洪水時に河川の安全性が確保できない状況を来たしています。
 これまで港湾区域や漁港区域では、観音地区や五日市地区などにおいて公共マリーナの整備が進められ、既存の民間マリーナと合わせてこれらの不法係留船を収容することとしています。今回、河川区域においても、太田川放水路の河口から1qのところで、国と市が平成18年度の暫定開業を目指して「河川マリーナ」の整備を進めており、西部浄化センターの屋上を利用して当面約350隻(全体計画は520隻)のプレジャーボートを保管するということのようです。市は、平成16年度から約13億円の事業費を投入する予定となっています。

太田川河川マリーナ
「太田川河川マリーナ」

 マリーナの整備については、河川の安全性や景観面、あるいは海洋性レクリエーションの振興を図る上からも積極的に推進していく必要があると思いますが、特に、管理面における問題が見受けられるように思います。
 まず、この河川マリーナの管理は市が担う方向のようですが、とても採算性が見込めるものとは思えません。観音マリーナの現在の収容率は5割に満たない状況であり(収容310隻/計画680隻)、不法係留船の収容は進んでいないようです。不法係留船を撤去できるよう河川法などは改正されていますが、現時点で具体的な取締りの方法が整っているわけではありません。今後、「重点的撤去区域」を拡大指定していくことのようですが、道交法のように強制撤去など徹底した管理ができるのか疑問があります。こうした状況の中、市が管理を受けた場合、運営に架かる赤字補てんも当然想定しなければなりません。
 また、マリーナの管理運営について市がノウハウを持っているとも思えません。単に、プレジャーボートの保管だけでなく、教育、指導、啓発など総合的な見地から推し進められる形態が必要だと思います。
 こうしたことも踏まえた上で、河川マリーナの管理のあり方を再検討すべきではないでしょうか。
 それから、河川の管理については平成12年4月の地方分権一括法の施行により、県管理河川のうち広島市域内で完結する河川(京橋川、猿猴川など)は、市に管理する意思があれば管理権を委譲できるようになりました。
 街づくりを進める上で、河川と街並みが一体化した整備を図る意味からも前向きな姿勢で取り組むべきだと思いますが、未整備の高潮護岸の整備費など将来的な負担も負うことも踏まえ、管理権委譲の時期を見極めるべきだと思います。
 また、京橋川、猿猴川は6本の河川でも水質が悪いように思われますが、主な原因は、太田川本流からこの両河川に水が流入しにくい構造となっているためだと思われます。加えて取水量の増加などにより太田川の水量が減少しているわけです。分岐点の構造変更など、抜本的な水質浄化策も併せて検討すべきだと考えます。

太田川全景
「太田川全景」


 いずれにしても、河川空間に絵を描いたり、管理を受けるということであれば、明確な将来ビジョンと制度のあり方の検討や民間との協働などソフト面の取り組みを進めないと「水の都」としての方向が見えないばかりか、大きな負担のみを背負い込むことになると思いますが、皆さんはどう思われますか。



  (追伸)

 今年の成人式で、成人の仲間入りをされる皆さんに申し上げたお祝いの一文をご紹介します。これからの人生を歩んでいただくために日頃私が思っていることを申し上げました。

 「まず一つ目は、しっかりと真実に眼を向けてほしいということです。物事を見るとき、目に写ることだけに心を奪われるのではなく、その奥に秘められた真実は何か、ということを見抜いてほしいということです。
 今日のように情報が多様化している社会では、こうした眼を養い、判断していくことがますます求められていくと思います。」
 「二つ目は、物事に対して果敢にチャレンジしていく勇気と意欲を持ってほしいということです。困難を乗り越えた時の喜びは大きい反面、失敗した時の打撃も大きいものです。しかし、その繰り返しの中で、「生きている」と実感している自分に出会うものだと思います。
 厳しさや辛さも、自分を鍛え成長させる貴重な体験と思って果敢に立ち向かっていってほしいと思います。若い時の失敗をその後の人生に生かせば、成功の元になるはずです。」
 「三つ目は、自分自身を豊かにしてくれる良き友をもってほしいということです。この20年間、皆さんは、多くの人の温かい心に支えられてこられたのではないかと思います。
 実りある人生を送るためには、よい師やよい友と出会うことと言われます。良き友と時には集い、語り合う中で、多くのことを学び、また、苦しい時にはお互いをいたわり、励ましあうことで、強く生き抜いていくことのできる環境ができるのだと思います。」
 「人生において大きな感動を得ようと思えば、まず、自分の夢を実現するための戦略を立て、汗を流して努力し、屈辱をもバネにして勝利をつかむことです。
 『どんなに不可能と思える夢でも、その実現を心から信じ努力すること』、この言葉を最後に皆さんにお送りします。」

 20歳を迎える若者に送った言葉ですが、私たちも常日頃から自覚をもって臨まなければならないことだと思っています。