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(No.35) 平成15年2月3日 『知的障害者の福祉について』

 「知的障害者」の自立や就労にかかる福祉は、障害者福祉施策の中でも、なかなか陽のあたらないものだという話を聞きました。
 障害者とその家族は、自立と社会参加を第一に願っておられるわけですが、「身体障害者」については、就労のための訓練施設の整備、雇用促進の制度等により、ある程度道は開かれているようです。また、「精神障害者」についても、医療制度の充実や社会復帰のための施策が講じられ、民間の理解、協力もあり、自立の促進や社会参加の道は徐々にではありますが開かれつつあるようです。
 それに比べ、「知的障害者」の福祉は大変厳しい状況であり、とりわけ就労について大きな課題を抱えています。実態を聞くと、自立のために援護・授産施設等で指導・訓練を受けても、就労先は清掃業務などに限られ、その就職さえも大変厳しい状況のようです。就職を楽しみに意欲を持って訓練を受けても雇用に手を差し伸べる企業が少なく、仕方なく施設での入所・通所を続けるということになります。それでもまだ法定の授産施設等に入所・通所される障害者はいいのですが、それらの施設が不足しているため無認可の小規模作業所へ通所されるか、それも無理であれば仕方なく自宅待機しているのが現状のようです。
 知的障害者の義務雇用制度については、平成10年7月に、ようやく身体障害者義務雇用制度を拡大する形で実現されたものですが、就労のための教育や指導・訓練だけでなく、事業者に対する強力な働きかけが行われなくてはその実効を期待することはできません。法定雇用率1.8%は定められているものの、全障害者の中で知的障害者の雇用率が低いことは否めません。
 もう一つ、知的障害者の福祉のうちで大きな課題となっているのが、障害者の親なき後の対策です。障害者の親御さんが一番悩んでいるのは、自分が元気なうちに子供が地域で自立した生き方ができることを確認したいということであり、親子ともども将来の安心を得たいという切実な願いがあるのです。

 このような状況を踏まえ、知的障害者の福祉を推し進めていくにあたっては、障害者の就労と自立に重きを置いた施策を講じていく必要があると思います。
 このためには、まず各種の支援施設が必要ですが、実態は別表にありますとおり絶対的な受け皿が不足しています。今でも保護者やボランティアの協力で細々と無認可の小規模作業所を運営しているグループから、3〜4千万円は必要と言われる法人化に伴う自己資金の確保に難渋しているとの声を耳にしますが(4分の3が国・市補助で残りの4分の1が自己資金)、行政による手厚い支援を講じる必要があります。
 例えば、矢野の世代間交流拠点施設では、社会福祉法人に土地を無償貸付することにより負担を軽減するという支援策を講じていますが、受け皿づくりを進めるためにはもっと市の遊休地を活用し、土地の無償貸付で授産施設の整備を行う方向を積極的に検討すべきではないでしょうか。また、こうした支援がなくとも民間の中には独自に授産施設を計画して積極的に知的障害者の福祉に取り組もうとしているところがありますが、行政は、こうした民間の意欲にもっと目を向けて推し進めていく姿勢を見せるべきではないでしょうか。
 就労対策としては、この他、市域内にはまだ設置されていない雇用困難者のための福祉工場(吉田町、神辺町、福山市のみ)についても、積極的な働きかけが必要と考えます。
 さらに、障害者の生活の自立という面から言うと、地域での共同生活を支援するグループホームの整備が急がれます。これは、親なき後の安心対策として切実な願いがあるものであり、積極的に推し進めるべきです。
 そして、こうした支援施設の整備だけでなく、人間関係のコミュニケーションが大いに就労や自立を支えるということからも、教育や指導のための人的な支援策を充実させる必要があることは言うまでもありません。このことが指導員の生活安定にもつながり、自立のための支援の基盤がより強固なものになると思います。

 以上申し上げたことは、知的障害者本人の気持ちや願いを大切にし、人としての権利を守り、親も子も安心して暮らせる地域生活を実現するための深刻な問題です。
 「市民の声」の中でも、特に「知的障害者の声」は届きにくいということを踏まえて、知的障害者の福祉対策を講じていくべきだと考えますが、皆さんはどう思われますか。

          


  (※2月13日追加(国道2号バイパスについて))

 国道2号バイパスについて、国は廿日市高架の建設に着手する方針を示しました。これは、観音高架の延伸について、地元対策を担っている市が事実上のストップをかけたことで方向転換されたことのようです。
 廿日市高架の建設は、本来、観音高架を延伸し平野町まで開通の目処がついてから着手することとしていました。それというのも、広島市のデルタ流入部の交通円滑化が先決の重要課題であり、かつ、観音から平野町までの高架延伸を先に整備しておかないと、デルタ流入部の渋滞に拍車がかかるからです。廿日市高架を先行的に建設すれば、廿日市地区の部分的な交通円滑化には資するかもしれませんが、広域交通を担う動脈の抜本的な解決にはならず、むしろ西部方面からデルタに流入する渋滞が格段に増幅されることになります。そのため、廿日市高架の着工は第2段階として計画されていたものであり、今回の選択をせざるを得ない状況にした広島市の責任は大きいものがあります。
 血液を循環させる動脈に例えると、本来は、心臓部に近い患部から手を施すはずなのに、周辺部位から手を付けて、心臓部に大きな負担をかけようとしているわけです。これでは、健康な部位も血液が行き渡らなくなり悪化してしまいます。
 道路交通行政を推進するにあたっては、こうした手順が基本になるわけですが、この手順を狂わせたことの責任を市のトップはどのように考えているのでしょうか。今回の選択は、投資効果が現れるどころか、渋滞に拍車をかけることになり、経済的・社会的に大きな損失を被ることになります。
 広島市は、一部地域の都合だけを考えるのではなく、周辺市町村も含めた都市圏全体の利益に目をやるべきです。これが、トップを担う市長としての責任だとは思いませんか。