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(No.28) 平成14年12月10日 『国道2号高架について』

 国道2号高架は、長い休眠状態の後、平成6年の都市計画決定の変更を経てようやく動き始めたところでした。西部方面の深刻な渋滞緩和と沿道環境の改善を図ることが主目的で、全線完成に向けた第1歩として、沿線住民の協力を得ながら庚午北から観音本町までは既に延伸工事に着手しています。工事再開の背景には、ランプ部分の構造をスリムに変更するなど環境へ配慮を行い、これに地元住民も協力の姿勢を示したことがあげられます。引き続き、平野町までの早期全線完成により本来の目的が達成されるはずでした。
 ところが、このU期区間の工事について、国は市との協議により今年度の発注を見送ることとしました。これは、地元対策を行っている市が「一部沿線住民の理解が得られていないことから、事前に入念な対応をしたい。」というもっともらしい申し入れをしたことによるものです。これで当分の間延伸工事がストップし、渋滞緩和と沿道環境の改善という長年の懸案事項の早期解決がまた先送りされるわけです。通勤・通学という市民の足だけでなく、物流も滞ってしまい広島経済の発展をも阻害し続けることになるわけです。
 国の事業として予算化していた工事の発注を見送るというのはどんな意味が込められているのか認識されているのでしょうか。今後は、市が100%に近い地元のコンセンサスを得ないと、国の再度の予算化は難しいということになると思います。
 そうなった場合、T期区間の沿線住民と交わした早期全線開通という約束や、多くの市民や経済界が強く望んでいる都市圏交通の円滑化という課題については、どのようにお考えなのでしょうか。
 以前にも申し上げましたが、100人中、100人の賛成を待っていたのでは、事業はいつまで経っても前に進みません。今回の件は、一部沿線住民の反対という問題と、沿線との約束、国との関係、事業遅延による経済的・社会的損失といった問題がありますが、これらを総合的に勘案し、事業の早期完成を目指し、早く政治決断を下すべきです。
 一部の批判を気にして、市民に対していつもいい顔ばかりするのではなく、全体の利益のため、たとえ批判を受けてもやらねばならないときには毅然と実行していくのがトップに立つものの役割であり、責務ではないでしょうか。

 今回もまた、多くの市民と経済界の期待を裏切り、その場しのぎの保身のため責任を回避し続けていることは、そもそもリーダーとしての資質にかけるのではないかと思いますが、皆さんはどう思われますか。

「舟入本町から観音方面を望む」 「観音本町から舟入方面を望む」


  (追伸1)

 日本経済新聞社が発行している「集客都市(橋爪紳也著)」に新しい都市の見方が記述されていますので、その内容を要約して紹介します。『都市は誰の所有物か』という見出しで書かれている一文です。
  
 「自分の家の前の道が汚れていたら、わがテリトリーが汚されているかのように文句を言う。わが家の近くに清掃工場が建てられるという計画を知ると、公共性は理解しつつも反対する。」「誰もが私的に所有している領域から語りだし、最終的には都市もまた、あたかも自分個人の所有物のように語る。」「自分の街をわがものであるかのように捉えた都市生活を否定するわけではないが、都市は『皆のものである』という認知が抜け落ちているのではないか。」「住民だけではなく、働きに来ている人、さらには観光客や短期滞在者の視点を軽視することなく、むしろ従来以上に重くみて、都市を再編成することが考えられてよいのではないか。」「都市にある施設や装置は、より広域の人の利用に提供されている。いわば都市は『ユーザー』のために開かれているのだ。」

 確かに自分の財産を守ろうという意識が高いのは当然です。しかし、その財産は全体のごく一部しか所有していないのに、あたかも都市全体を所有しているかのように考えてしまうところがあります。誰もが都市の構成員であり、その都市全体の利益のためには進むべき方向があるはずです。そして、それを判断し実行に導いていくのがトップに課せられた使命ではないでしょうか。

  (追伸2)
 行政が、議会などでよく使う言葉で「検討する」「研究する」という言葉があります。いずれも「実現は難しい」という『否定的』な意味を持たせたものです。
 現在は、これらに加えて「市民の声を聴く」という新語が使われているようです。「すぐには結論が出せない」という意味だけでなく、「市民に責任転嫁する」という意味にも受け止められます。