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(No.23) 平成14年10月 9日 『ボルゴグラードとの交流』

 去る9月4日から10日までロシア連邦・ボルゴグラード市を訪問しました。広島市・ボルゴグラード市姉妹都市提携30周年にあたり、同市で開催された記念式典、記念公演等に参加したわけです。市長団、芸術団(広島ジュニアマリンバアンサンブル)、市民訪問団(生協ひろしま)とともに友好親善と平和・経済・文化の交流促進が目的だったわけですが、この訪問を通じた私の率直な感想を以下に述べたいと思います。

 モスクワから2時間、ボルゴグラードの空港へ降り立ち、10年ぶりに訪れたこの街の風景を見たとき、いつかどこかで見た映像を繰り返し見ているような感じを受けました。建物、道路、乗り物など全ての景色が、時代をいくらか遡った街並みの映像と、今回もオーバーラップしたのです。前日のモスクワは、ソ連崩壊から10年、近代的な建物も増えているし、人も車も多く、街は活況を呈していました。何よりも多くのビジネスマンや観光客が目に付きました。
 ボルゴグラードは人口約110万人のロシアの主要地方都市ですが、新しい息吹を吹き込まれていない、いや吹き込むことの難しい都市なのだと改めて感じたわけです。第二次世界大戦において、広島と同じように全市街地が壊滅した中から復興を成し遂げた都市です。歴史的な建造物があれば、それでも街並みに趣きがあって、外からの観光客が立ち寄る街に発展した可能性もありますが、大戦における街の壊滅が歴史を寸断し、ロシアの大地の広大さ、単調さの中に取り残された街といってもいいでしょう。唯一、ボルガ川の水辺から広がる回廊が賑わいの空間になっていますが、何か物足りなさを感じざるを得ない平坦な街というのが偽らざるを得ない私の印象です。
 ボルゴグラードだけでなく、「自由」の獲得に続く「競争社会」の機能が、この国の大きな課題に違いありません。

 ロシア人は無愛想で閉鎖的というイメージをお持ちかも知れませんが、ボルゴグラードの人は違います。むしろ、打ち解けやすく開放感に富み、もてなし好きの人たちです。特に、ロシア料理によるもてなしは、こちらが思わず手で遠ざけたくなるほどのボリュームに圧倒されました。ロシア人は、客が帰った後3日間は残る程の料理でもてなすことが礼儀とされていると聞いていましたが、確かに日本のもてなし方の3倍はあろうかというボリュームに、ロシアの歴史、土地柄、国民性の違いといったことを改めて感じました。また、乾杯を繰り返しながら延々と続く懇親の集いは、本来話し好きで客を招くことが好きなロシア人の気質と、最高のもてなしで接したいという思いに溢れるボルゴグラードの人たちの心に触れることができ、その感激が帰国後の今も強く心に残っています。

 ボルゴグラード市は、姉妹都市提携市の各コーナーを配置した都市公園の整備に着手しています。今回第1号として日本庭園のオープニングが行われましたが、池庭や石橋、野点もできる東屋など本格的なものです。少ない予算を切り回し、軍隊の協力も得ながら整備したものだと聞いて、その思い入れのすごさに唖然とした思いでした。オープニングには、多くの市民が来場し、日本の心、文化に触れてもらうことができました。
 翻って広島市はどうでしょう。ボルゴグラードの日と銘打って年1回の催しが開かれますが、広島市民が日常ボルゴグラードの生活、文化に触れる空間はありません。30年の交流実績を持ちながら、それを広めようとする姿勢がないのも不思議な思いもしますが、少なくとも広島市民でボルゴグラードとの交流のことを知っている人は限られていると思います。
 今回の訪問で、市長団は、平和、経済、文化と交流は多彩に展開していくことの確認をされたようです。しかしながら、同時にいくつかの疑問も感じざるを得ません。

 平和について言えば、ボルゴグラードと広島は第二次世界大戦の戦禍を受け、その後復興した歴史的背景を共通点に、両市民の心に通じ合うものがあるだろうということから姉妹都市提携されたわけです。
 しかし、広島は世界最初の被爆都市として平和への祈りとともに核廃絶の強い思いがあるのに対し、ボルゴグラードは平和への祈りは同じですが、ナチス・ドイツを打ち負かした戦勝記念という意味合いが強く感じられます。ロシア国内においては、第二次世界大戦における英雄都市としての格付けがなされている一都市になっているようです。反戦のシンボル「ママエフの丘」も確かに祈りの空間では厳粛な気持ちになりますが、ドイツとの攻防戦を讃えた音楽を耳にし、当時の兵士の像が目に入ると、ヒロシマとは平和の思いの本質的なものが違っていると感じました。

 経済面について言えば、ボルゴグラード市は、日本の先端産業の電子機器類やマツダ車について高い関心を示しているようでした。
 しかし、今回同行された『生協ひろしま』から次のような話を聞きました。「10年前お好み焼きレストランの進出を試みたものの2〜3年で頓挫した。その反省点としては、技術指導、原材料の調達、経営体質、食文化の市場調査などが不足していたことに加え、以前は競争のない時代であったこと、質より量が優先され利益を上げるという感覚が育っていなかった。」と経験を踏まえた冷静な分析をされていました。
 私も現地の記者会見で意見を述べましたが、要するに経済交流は、行政はコーディネーターに過ぎません。民と民で何ができるのか、何と何を結び付けられるのか、よく見極めることが必要だと思います。ボルゴグラードと広島は川と海で繋がっているということですが、生協ひろしまの皆さんの取り引きの話からすれば、船便による輸送に30日間かかるということです。技術の移転もさることながら、こうした検討を深めた上で、両市長の調印をすべきではなかったのではないでしょうか。
 今回、両市の市長・生協の両方ともが確認書を交わされたようですが、生協の方は次に繋がる一歩踏み込んだ内容になっているようです。市の方は単にミッションの派遣を見込んでいるだけの具体的な内容のない発展性に乏しいものになっているのではないでしょうか。そもそも広島の目指すべきターゲットが違うと思いますし、まず、広島の基本的な戦略を検討すべきだと思います。

 グローバル化や国際間の移動が活発化する中、環境問題など地球規模の問題が発生しています。私たちの身近な都市問題も、世界共通の問題として存在しているわけです。こうした問題には、よりグローバルな視点で考え、取り組んでいく姿勢が必要であり、特に、青少年が直接海外の人と交流する機会は貴重であると考えます。
 今回は、文化交流として、小・中・高の女子生徒で編成されている広島ジュニアマリンバアンサンブルの皆さんが見事な演奏をされ、現地の人々の拍手喝采を浴びました。市民の中に溶け込み、広島の文化の幅広さを伝えることができましたが、このような若い世代を中心とした交流を促進し、国籍や習慣の違いを超えて理解し合うことの大切さを意識の中に醸成していくことが大事だと思います。ボルゴグラードにおいては、むしろ、こうした面に力を入れて交流を進めていくべきではないでしょうか。
 国際的に行動できる人材を育成していくことが重要であり、このことが、次のヒロシマを大きくすることにも繋がると思います。

  (追伸)

  市役所10階の市長室を、この7月に多額の経費をかけて改修されたようです。
 階段からの出入りを完全にシャットアウトされ、防犯カメラを市長専用エレベーターの前に取り付け、市長執務室への出入りのドアにはカードリーダー式の電子錠を設け、さらに、秘書課の出入口には入室者を感知するセンサーも取り付けるという念の入れようです。さながら、秋葉市長の要塞が築き上げられているといった有様です。
 公約では、市長室1階を約束されていましたが、それを実現しないどころか、このように閉鎖されている市長室では、まさに開かれた市政に逆行している行動といってもいいと思います。
 また、市長は、当選されて当分の間は、市民派としての姿を見せるためか、自転車通勤をされていました。今は…と言いますと、旧来の黒塗りの公用車とパソコンを積み込んだ特注の公用車の2台をいずれも専用車として使われているようです。
 市民派という言葉はもはや当てはまらないし、現在の財政逼迫の状況をいかがお考えなのでしょうか。