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(No.19) 平成14年9月2日 『博物館構想』

 比治山の博物館構想が動いていた時期がありました。広島の文化的、歴史的なシンボルとして、市制100周年、築城400年記念事業の中心的な位置づけとして取り組まれていました。
 広島の自然、歴史、文化、生活といった地域性に着目すると同時に、海外との結びつきにも重きをおいて、国際性、特に移民の歴史を重視した構想を描いていました。
 ハワイや北米、ブラジル等へ移住した日系人の生業や生活に関わる記録、写真、日用品、道具など数々の貴重な資料の提供を受け、その収集作業もかなり進んでいたように思います。
 博物館構想は、基本計画策定から展示シナリオづくりへと熟度を上げ、構想と同時に始めた資料収集もかなりの域に達しながら、比治山の立地条件が整わないことなどから、平成10年に事実上の凍結状態になっています。収集された貴重な資料も宙に浮いた状態になっているわけですが、多くの方から善意で寄せられた資料が、必ずしも望ましい状態で保存されているとは思えません。

 ハワイ移住者の家系を持っている知人から、次のような話を聞いています。
 「ハワイに移住した伯父が、広島市から博物館建設の話を受け、苦労してオアフ島の移民者に資料提供のお願いをしてまわった。皆が協力してくれて、開拓に使った農具や工具、生活用品のランプや籠、蚊帳など数々の資料をコンテナ積みで広島に送った。しかし、伯父から『まだ、博物館ができとらんが、どうなっとるんかの』と聞いて、故友沢ホノルル広島県人会会長とも話をして、何とか善意で提供された方々の意を汲んで表に出していただくよう広島市にお願いをした。皆が協力したのは、移民の歴史を知ってもらうだけでなく、移住を決めた人々の気持ちをわかっていただき、日米友好への貢献が少しでもできればと思ったからだ。伯父は2年前に死に、友沢会長も昨年12月に亡くなられたが、このまま集めた資料が永眠するのはやりきれない。」という切実な訴えを耳にしました。

 人々の気持ちが込められた資料は、市の収蔵庫に分散して保管されていると聞いています。恐らく整理も行き届いてなく、文化財としての価値も見出せない状態になっているのではないでしょうか。時々、イベントや催物の片隅で展示されているようですが、いずれにしても提供者の善意を踏みにじっている状態だと思います。
 移民一世や二世が、ひたすら生きてきて、その苦闘の中で夢を果たせないまま移住地の土となった、そんな感情さえも込められた数々の資料は、きっと、その思いを現代の人に伝えたい、記録したいと訴え続けていると思います。私たちも、このことを深く認識し、その価値を記憶し続け、次代に伝えていかなければなりません。
 移民の資料だけではありません。広島は、毛利元就が築城して400年を超える歴史があり、他にも多くの貴重な資料が寄せられています。広島が歩んだ歴史的経験と先人の考えや知恵を掘り起こし、後世に受け継いでいくことが、次の広島をつくっていくことにも繋がると思います。

 博物館構想が事実上凍結しているのであれば、何とか眠っている収蔵資料の価値を見出せる方法を考えるべきではないでしょうか。例えば、郷土資料館の展示スペースを工夫するとか、企画展の回数を増やし、もっと市民の目に触れる機会を増やすことが考えられます。
 そして、暫定的ではありますが、当面の抜本策として、『収蔵展示』を行うことを検討してはどうでしょうか。
例えば、現在、戸坂、船越、可部の収蔵庫に分散して、約4万7千点もの資料が埋もれた状態になっていますが、これらの一部でも何とか日の目を見ることができるよう収蔵庫を改装・改築して、単に保管するだけでなく市民が収蔵品に直に接することができるようなスペースをつくることです。強固な建物でなくても、少しだけりっぱな土蔵のようなものをつくり、見学スペースをつくれば、人々は足を運ぶと思います。膨大な資料の山を見せるだけでもインパクトはあるし、人々をひきつけます。
 通常の博物館のように「見せる」ことに力点を置くのではなく、むしろ来訪者が何かを「見つける」「見出す」といった新しい感覚で収蔵品に接することにより、新たな展示スタイルというものが生まれるのではないでしょうか。周辺環境とマッチすれば、例えば、展示品の農機具を使った「体験型」とのセットの運営を行い、今の子供たちへ継承することができます。
 また、学校の空き教室を活用した展示も考えられます。例えば、『学校展示』の形で、土・日に一般開放すれば、子供たちや地域の人たちのふれあいの場にもなり、地域の歴史や生活文化を継承する場にもなります。伝える側も高齢化していくばかりであり、今やらないと、経験を踏まえた継承はできないと思います。各区に一つでも、こうした『学校展示』を検討すべきではないでしょうか。
 このように、『収蔵展示』や『学校展示』であれば、本格的なリニューアルを考える必要がなく、「博物館(常設展示)は陳腐化する」という固定観念は無用のものになると思います。
 そして、節目で、各区の区民文化センターや郷土資料館などで企画展示を行い、博物館ネットワークを構築していけばいいのではないでしょうか。もちろん、ゆくゆくは比治山の構想が復活する時期を睨んでいればいいわけです。安価な建物で、事業費を抑えられるので、実験的な取り組みとして進めることもも可能だと思います。

 いずれにしても、今のままでは、善意で寄せられた貴重な資料が、劣悪な環境のもとに、永遠に眠ったままになってしまいます。
 少しでも、広島の歩み、先人の思いを市民の皆さんの目に触れていただくことが、将来の広島の価値を高めることに繋がると考えますが、皆さんはどのように思われますか。